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2011年9月15日 (木曜日)

(その19)「よいしょ」についての一考察

★「よいしょ」=重いものを上げ下ろししたり、すでに若い部類に入らない人が、何か動作をするときの掛け声(「新明解」国語辞典)

 

★「よいしょする」=人をおだてて持ち上げること(同上)

 

 私たちがとてもよく耳にし、口にする「よいしょ」という言い方ですが、いったいどこから来ているのでしょうか。以下、簡単に調べてみました。

1、「六根清浄」からきている?

  六根とは眼・耳・鼻・舌・身・意の六つで、知覚作用のもとになるものを意味します。六根清浄とは、仏教用語で、体を清めて修行すること。登山などで使うのをご存知かもしれません。

  なぜ、六根清浄が「よいしょ」につながるのかというと、仏教の僧侶が修行中に「ろっこんしょうじょう、ろっこんしょうじょう…」と唱えるのを一般人がマネをして、同じように唱えるようになった、というのです。すなわち、「っこんしょうじょう」→「っこいしょ」→「っこいしょ」→「いしょ」と転化したとする説です。(相撲取りの「どすこい」もこの系列の言葉らしいです)

  注意したいのは上のいずれもが「オ」音からはじまること(下線部分)ですね。これは、もしかして、人間が力を入れるときに自然に発する言葉(「オー」といううめき声のようなもの)に関係があるのかもしれません。ある意味、納得してしまう説です。

 

、昭和初期に芸人が楽屋言葉として使っていた?

  いわれはよくわかりませんが、客席が満席のとき(当時は桟敷席が多かったらしい) 「ちょっと譲ってもらえませんか」 を 「ちょっとよいしょしてもらえませんか」 と言った、というのです。しかし、これは先に「よいしょ」という言い方があったのを使っただけのような気がして、いささか説得力に欠ける説です。

 

 3、古代ヘブライ語(ユダヤ)の「ヤ・イシュ」に由来する?

   ヘブライ語では「神に救いを求める」という意味の言葉を「ヤ・イシュ」というそうで、そこからきているのではないか? とする説です。

  「ヤ」=「神」、「イシュ」=「救い」

  現在でもイスラエルでは物を持ち上げるとき「ヤイシュ」というらしく、日本人が聞くと「よいしょ」とあまりにも近い発音なので驚くそうです。ただ、もしもユダヤから日本にまで伝わってきたとするならば、その途中の国々でも似たような言い方をするはずです。それが、いきなりヘブライ語と日本語が同じというのはちょっと考えにくいです。明治以来、一部に「日ユ同祖論」なるものがあり、日本人とユダヤ人は同じ祖先から分かれた兄弟民族とする考え方があるようで、これもひとつの傍証とされているようです。

 

 4、「用意しよう」からきている?

  単純に、「用意しよう」→「よういしよう」→「よいしょ」の変化をたどった、説です。現に地方の農家では 作業前に「“よいしょ”は用意しようからきている。さぁ準備しよう!」と、親子代々伝えている家庭もあるようです。それならば前向きな意味になります。でも、現在普通に使っている「よいしょ」には、あまり前向きな意味はありません。どちらかといえば「疲れた」ときに発することが多い、ネガティブ表現です。なので「用意しよう」説はダジャレと紙一重のような気がします。

 

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  「よいしょ」の語源は、だいたい以上の4説に集約されます。思うに、六根清浄説に説得力がありますが、本当のところはよくわかりません。そもそも語源をたどってもはっきりしないことが多く、「よいしょ」のような感動詞的な表現はなおさらわかりにくいようです。もっともらしい説明に限って、後世の人のこじつけだったりします。

 というわけで、最近腰をかけるときに、つい「よいしょ」と言う言葉が口をついて出るようになった、ほととんぼさんの勝手な考察でした。

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