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2011年10月20日 (木曜日)

(その54)「わび」と「さび」

ある人に「わび」「さび」の違いについて質問されました。

いろいろと調べてみましたが、結論を書くと

わび(侘び)とは 《物質的な美》
→『目に見える形での貧しさ、簡素さに徹した美』


さび(寂び)とは 《精神的な美》
→『寂寥の心境に徹した美』


ということのようです。 以下、考察してみます。

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まず、広辞苑による定義では、

「わび」→閑居を楽しむこと。閑寂な風趣。茶道・俳諧などでいう。

「さび」→古びて趣のあること。閑寂なおもむき。芭蕉俳諧の根本理念の一。

とありました。・・・で、さらに調べてみました。

「わび」とは、日本の中世から近世にかけての芸術理念の一つで、

1、わびしい趣 の中に深い味わいのあること。
2、ものごとに不自由で、思い煩うことの多い状態。
3、「不足の美」「飾りやおごりを捨てた、ひっそりとした枯淡な味わい」


「さび」とは、閑寂な中に深い味わいや精神的な豊かさがあり、また、華やかな趣も含んでいるような美的理念。

1、平安末期頃から歌の世界で、そして室町時代には「茶人」千利休による「さび茶」の精神。
2、芭蕉の理想とする境地。
3、「孤独」「弧絶」「古びた趣のあること、枯れて渋みのあること」


さらに、両者を重ねた「わび・さび」という表現がありました。

「わび・さび」→極限まで削ぎ落とされた世界から無限を感じる美意識

1、「日本独特の美意識」「奥ゆかしい日本の美学」
2、「物がないことを貧しいとしないで、美しいと感じる精神的構造」


となります。わかったようなわからんような…というか、やっぱりわかりにくいですよね。

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芭蕉は

『西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其の貫道するものは一なり』

と言っています。ということは、西行・宗祇・雪舟・利休のそれぞれの作品や作法を学べばわかるのかもしれません。ただ、ほととんぼには難しくて理解できそうにないです(苦笑)

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