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2011年11月 3日 (木曜日)

(その68)続・高山彦九郎像のこと

(その65)で、三条大橋の高山彦九郎像のことを書いたら、ある人に


>わたしらの間では、待ち合わせの場所で「おじぎまえ」で有名です。


と、教えていただきました。なるほど「お辞儀前」ですか。待ち合わせ場所になっているのは知っていましたが、そんなふうに呼ぶとは知りませんでした。ありがとうございました。

というわけで、もう少し高山彦九郎の話を書いてみたいと思います。

ーーーーーーーーーー

彦九郎は変人でした。


天明の大飢饉(西暦1782年~1787年ころ)から数年後、彦九郎は東北地方の北部、八戸方面へ出かけます。大飢饉では人肉を食べたというウワサを聞いたからです。
彼はこんなことを尋ねています。


人の肉はおいしいのですか?


答えはこうでした。


猪や鹿の肉より馬肉の方がおいしいです。そして馬肉より人肉の方がおいしいです

ある里では人が餓死すると

 

 『死んだ人の肉を分けてください。その代わり、私の母親が餓死したときにお返しします』

と言って、死体をもらってきて食べた、といいます。食べ方としては、煮ても焼いてもナマでも食べたそうです。

そんなことを彦九郎は旅日記に書き残しています。

彼は47歳のとき、久留米の知り合いの家で『自分の一生はむなしかった』と言って突然自殺してしまいました。

われ発狂せるのみ


血まみれの中で、こう言ったと伝えられています。

ちなみに、三条大橋のおじぎ像は彦九郎が18のときのものらしいです。

どーみても“おじさん”にしか見えませんけどね(笑)

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