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2011年11月 8日 (火曜日)

(その73)「バツ」と「ペケ」に関する一考察

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この字、何と読みますか? バツ? ペケ? カケル? それともエックス?…ウィキペディアにはほかの読み方もありますけど、今回はダメ・不可・誤り を示す × の字を、バツと読むかペケと読むかについて考えてみます。

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一般的には関東ではバツ関西ではペケと読むみたいです。手元の辞書(新明解国語辞典)でペケを引いてみると

ペケ [静岡以西の方言](語源未詳)…

とありました。たしかに京都の住人である筆者が × と書いた紙を見せられて「何と読む?」と聞かれたら、おそらく「ペケ」と答えます。家人に聞いてもそうでした。関東・関西による読み方の相違は、あながち間違ってはいないようです。

さてバツの語源は何でしょうか? ネットで簡単に調べたところによると「罰点(ばってん)の罰の部分が独立して×の字があてられた」説が有力で説得力もありそうです。

ではペケの語源は何でしょうか? 同様にネットで調べてみると、中国語 「buke(不可)」 説とともにマレー語の 「pergi(行く、行け)」 からきた説がありました。手元の別の辞書(広辞苑)にはこうありました。

ペケ (もとマレー語のpergiで、「あっちへ行け」の意)…

ここで、岩波文庫の「一外交官の見た明治維新(アーネスト・サトウ著、坂田精一訳)」の第二章 横浜の官民社会(一八六二年) に、当時の横浜居留民が商用のために一種の私生児的な言葉を案出していた、ということで

…中でも、マレー語の駄目(ペケ)peggi、破毀(サランバン)は大きな役をつとめ…(同文庫上巻p21)

というくだりがあります。peggiはアーネスト・サトウの記憶違いか誤記で、おそらくpergiのことを指しているものと思われます。サトウの序文によるとこの文章は、日記等をもとに書いているとはいえ二十年以上のちの1885年から1887年の間に書かれたもので、若干の記憶違いはやむを得ないでしょう。

ともかくサトウの証言によって1862年(文久二年)ころに、横浜居留民&日本人商人の間でマレー語から転用されたと思われる「駄目」を意味するペケという言葉が案出され、使われていた(少なくともサトウはそう思っていた)ことがわかります。これはペケ=マレー語説の有力な傍証になりそうです。

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ただし、これでは現在のペケの使い方分布とつじつまが合いません。というのは、もしも横浜からペケが広がったのであれば、いまでも関東を中心にダメを意味するペケが使われていそうな気がするのです。にもかかわらず静岡以西で多く使われているのはなぜか? 疑問が残ります。

もっとも、東京ではペケをビリの意味で使うことがあり、津軽では「×」をいっけしと読むことがあるのだそうで、それは英語のエックスが訛ったとのことですから、われわれ関西人にとっては想像もできない使い方・読み方があるものだと、感心させられます。

言葉は突拍子もないところから生まれるのかもしれません。結論は出ませんが、秋の夜長、手元に辞書を開きながら考察した次第です。

(ほととんぼは国語に精通しているわけではありません。この記事は参考程度に読んでください)

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