« (その88)「顰に倣う」とは? | トップページ | (その90)2011北野天満宮「紅葉たっぷり!」 »

2011年11月24日 (木曜日)

(その89)朝聞道 夕死可矣

【子曰 朝聞道 夕死可矣】

子曰く、朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり(論語・里仁篇)

ーーーーーーーーーー

「朝に道を聞いて満足したら、夕方には死んでも構わない」という、孔子の有名な言葉です。私は、今までずっと「朝・夕が対句の、語呂のよい言い方だなぁ」と思っていました。

ところが、先日

朝に道を聞いて、そのまま死んでもいいとは言ってない。夕方まで実践してからでないと死ねない

っていう解釈があることを知りました。あくまでも実践することが大切だという孔子の考え方があらわれているということです。

へ~、そうなんだ」と、ある意味びっくりしました。ただそれだけのことですが、あらためて論語の奥深さと、孔子の大きさを感じたような次第です。

« (その88)「顰に倣う」とは? | トップページ | (その90)2011北野天満宮「紅葉たっぷり!」 »

古典より」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: (その89)朝聞道 夕死可矣:

« (その88)「顰に倣う」とは? | トップページ | (その90)2011北野天満宮「紅葉たっぷり!」 »