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2012年1月 9日 (月曜日)

「あははの辻」って何? (ある“百鬼夜行”考)

このところ、古典の怪奇物語に興味を持っています。先日、宇治拾遺物語の「長門前司女葬送ノ時本處ニ帰ル事」を読みましたが、今回は大鏡の「右大臣師輔伝」に出てくる

“あははの辻”

の話を書いてみたいと思います。これは藤原師輔(藤原道長のおじいちゃん)が、内裏からの帰り道に百鬼夜行に会う話です。まずその部分を現代語訳してみます。

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【…九条殿(師輔)が百鬼夜行にお会いになったのは何月のことだったかまでは聞いておりません。その日、たいそう夜が更けてから内裏を退出され、大宮通りを南へ向かいあははの辻にさしかかったとき、突然牛車のすだれをきちんと垂れさせて、

牛を車からはずせ! はずせ!

とおっしゃいます。随身たちが不思議に思って、

いったいどうなさいました!?

とそばへ寄ってみると、(九条殿は)笏を持って平伏し、まるで高貴な人の前でかしこまっているかのようなご様子でした。

車を榻(しじ)に乗せてはならぬ。随身の者は(牛車の)左右のくびき近くにいて先を追え。雑色どもも声を絶えさせることなく、御前どもは近くにおれ!

とおっしゃいながら、尊勝陀羅尼を激しくとなえておられます。それから牛を車の陰に引っぱっていかれ、一時間ほどたってからすだれをお上げになり、

もう牛をつないでもいいぞ

とおっしゃったのですが、そのあいだ、御供の者たちには何事が起きたのか全然わかりませんでした。後日になって、

こんな(百鬼夜行に出くわした)ことがあったんだ

と、親しい人々に内緒話で打ち明けられたのが、あまりにめずらしいお話なので、自然と広まってしまったというわけです…】

ーーーーーーーーーー

大鏡の師輔伝はこの前後に続くのですが、百鬼夜行に出会った話はこれだけです。いささかわけがわかりませんが、この話から百鬼夜行のポイントを整理してみます。

1、百鬼夜行は誰にでも見えるものではないらしい。

→ほかにも例はありますが、どうやら高貴な方にのみ見えることが多いようです。

2、百鬼夜行に出会ったとき、尊勝陀羅尼をとなえると効果があるらしい。

→これもほかに例がありますが、尊勝陀羅尼とはいかなる経文か気になります。

3、あははの辻にはしばしば百鬼夜行が出るらしく、出くわした人が「あわわわ…」と泡を食ってしまうか、もしくは鬼たちが「あははは…」と笑うためについた辻の名前らしい。

→百鬼夜行という緊迫感のある怖い話にもかかわらず、やはりダジャレを使うところが日本人の考えそうな話で、特に私の好きなところです。あははの辻というネーミングを聞いただけで「何それ~」と思ってしまいます。

このあははの辻ですが、調べると京都市内二条大宮の交差点なのだそうです。さっそく現在のあははの辻を写真におさめに行きました。

1351_2

手前の道が大宮通(南北)、奥の横道が押小路通(東西)です。要するに写真は押小路大宮です。向こうに見えるのは二条城の掘割から石垣、そして城内の木々です。北を向いて撮影しています。『♪丸竹夷二押御池(まるたけえびすにおしおいけ)…』 と京の通り名の歌で歌うように、二条通は押小路通のひとつ上(北側)の道です。ということは、現在の二条大宮は二条城の中になります。興味のある方は、京都の地図を手元に置いて、二条通と大宮通の交差点を探してみてください。お城の中の池のあたりが二条大宮です。

「な~んだ。この写真はあははの辻ではないのか?」

と言わないでください。どちらにしても1000年以上も昔の話です。当時、現場にいたものさえわけがわからなかったのに、1000年も後に見るわれわれにはもっとわからないのは当然です。だいたいここらへんということで、満足したほととんぼさんでした(笑)

(現代語訳の部分は、簡単な意訳であることをおことわりしておきます)

【135】

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