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2012年2月10日 (金曜日)

小便の身ぶるひ笑えきりぎりす(一茶)

一茶俳句集(岩波文庫)を読んでいたら表題の句に出会い、思わず笑ってしまいました。寛政年間西国紀行書込」とありますから、一茶三十歳のころの初期の作品です。

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おしっこをした後で「ぶるぶる」っと身ぶるいをするのはシバリング(shivering)といって、一時的に体温が下がるのを防ぐためなのだそうです。寒い時に口ががたがた震えるのも同じです。

で、この句が笑えるのは「きりぎりす」との取り合わせの妙です。きりぎりすといえば、古くはコオロギのことだったというのはよく知られていますが、江戸時代も後期になると両方が混同されて、どっちがどっちだか判別しがたいような気がします。ただ、この句は、一茶が身ぶるいをした直後に、横でキリギリスが「ギース、…チョン」と鳴いたと解釈したほうがおもしろいです。

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「あ~、すっとしたぁ…(ぶるぶるっ) お~、ふるえる~。でもどうしておしっこのあとに震えがくるのかなぁ?」

ギース…ッチョン

「クソッ!、キリギリスに笑われた。 うん、一句できたぞ、忘れないうちに書いておこう 『小便の身ぶるひ笑えきりぎりす』 と。…もうひとつかな…」

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な~んちゃって。作句の背景としては、当たらずと言えども遠からず(笑)

どうやら一茶はきりぎりすと小便との取り合わせが好きなようで、ほかにもいくつかの句がありました。

(きりぎりす)尿瓶(しびん)のおともほそる夜ぞ

小便をするぞ退け退け蟋蟀(きりぎりす)】

一方は尿瓶の音ぞきりぎりす

これらの句の「きりぎりす」は、はたしてコオロギか? キリギリスか? 取り合わせの妙を考えながら鑑賞してみるのも楽しいですね。

【167】

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