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2012年4月 1日 (日曜日)

春なれや名もなき山の朝霞(芭蕉)

四月になりました。今回は芭蕉の句を鑑賞してみます。

春なれや名もなき山の朝霞(野ざらし紀行)

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この句、旧暦の二月中ごろ、今で言えば三月の終わりか四月のはじめころ、伊賀から奈良へ向かう野ざらしの旅の途中で詠んだとされています。私はいつも『春なれやぁ』と若干伸ばします。いかにも“春が来たなあ”いう感じが出ます。そして中七からの畳みかけるような『なもなきやまのあさがすみ』という言い回し、いささか意表をついた盛り上げ方は、のどかな春の雰囲気を彷佛とさせます。

 

万葉集に

ひさかたの天の香具山この夕べ霞たなびく春立つらしも

また、新古今集に

ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく

があります。芭蕉はこれらの歌を念頭に置いて作ったのではないかとも言われていますが、天の香具山を『名もなき山』に変えたところが、芭蕉の手柄であり滑稽(シャレ)なわけです。万葉歌の『ひさかたのぉ』は、好天をイメージさせるのに最高の枕詞ですが、芭蕉の『春なれやぁ』も、勝るとも劣らないすばらしい表現だと思います。

芭蕉の句は耳に心地よい響きがあり、音楽にたとえることができます。上の句で言えば『a』音の繰り返しが、それにあたります。

Harunareya Namonakiyamano Asagasumi

 

五七五のすべてを『a』音からはじめています。ある意味、頭韻を踏んでるわけです。声に出して詠みやすく、記憶に残りやすいようにできています。芭蕉の句は、何気なく作っているように見えて、実は用意周到な気配りがあるのですね。それに気がつくとき、多くの人が芭蕉ファンになるのです(笑)

(この句、テキストによっては「春なれや名もなき山の霞」となっていますが、断然「霞」のほうがよいと思います)

【218】

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