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2012年4月17日 (火曜日)

「散る花を惜しむ…」西行の歌(桜を詠んだ詩歌7)

西行には「散る桜」を詠んだ歌が多くありますが、テキストによって異同があります。今回はその違いを比べながら、いくつかの歌を鑑賞してみます。

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(A)散る花を惜しむ心やとどまりてまた来む春の種(たね)になるべき

(B)散る花を惜しむ心やとどまりてまた来む春の誰(だれ)になるべき

 意訳:

 (A)散っていく花を惜しむ心はいつまでもとどまっているが、(この心が)また来年の桜を愛でる気持ちの種になるのだろうか。

 (B)散っていく花を惜しむ心はいつまでもとどまっているが、(普遍的なこの心は)また来年もだれかの心となってゆくのであろう(落花は人々を毎年同じ気持ちにさせるものだ)

 →「たね」と「たれ」の違いです。特に(B)歌の解釈は難しいです。いろんな読み方ができるとは思うのですが、今回は違いを明確にするために(A)においては、自分自身の心のタネ(個性)を述べていると考え、(B)においては、誰でも同じ気持ちになる(普遍性)と考えて鑑賞してみました。一字違いで、大きく印象の違う歌になってしまいました。思うに、「」と「」はあまりにも字が似ています。おそらく転記する際に写し間違ったのが、そのまま二つの系統として伝わったのでしょう。 

2341

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 (世をのがれて東山に侍る頃、白川の花ざかりに人さそひければ、まかり帰りけるに、昔おもひ出でて)

 (A)ちるを見帰る心や桜花むかしにかはるしるしなるらむ

 (B)ちるを見帰る心や桜花むかしにかはるしるしなるらむ

 意訳:

(A)(出家して東山にいたころ、白川の花盛りに人に誘われて花見に行き、帰ってから、昔のことを思い浮かべて)桜の散るのを見ないで帰る自分の心は、昔(出家前)と変わったというしるしなのかなぁ。

 (B)(出家して東山にいたころ、白川の花盛りに人に誘われて花見に行き、帰ってから、昔のことを思い浮かべて)桜の散るところを見て帰る自分の心は、昔(出家前)と変わったというしるしなのかなぁ。

 この歌も「見て」と「見で」の一字違いです。出家した後は、散る桜まで見ないで帰るようになったのか? それともきっちり見届けるようになったのか? ポイントは前書きにある「…花ざかりに人さそひければ…」です。ちょうど見ごろの花ざかりに行ったわけですから、まだ散るには至っていなかったはずです。情景としては、(A)の「散るを見で」に分があるように感じます。ただこれは転記ミスではなく、読み方の問題で、濁点をつけて読むかどうかの違いですから、鑑賞する人の気分でどちらでも解釈できます。昔とかわって「散るを見ないで」帰ったとすると、出家後は物事を最後まで見届けなくても十分満足できるようになった、あるいは、一を聞いて十を知るようになった、と考えられますし、「散るを見て」帰るようになったとすると、昔とは違って物事を最後まで見つめることのできる心の余裕ができた、と考えられます。とはいうものの、この歌で西行は昔を懐かしんでおり、出家後、人として成長した、ということを言いたかったのではないと思います。

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(A)風にちる花の行方は知らねども惜しむ心は身にとまりけり

 

(B)風さそふ花の行方は知らねども惜しむ心は身にとまりけり

 

意訳:

 

(A)春風に散っていく花の行く先は知らないけれど、名残りを惜しむ気持ちだけはいつまでもこの身にとまっている。

 

(B)春風に誘われて(散っていく)花の行く先は知らないけれど、名残りを惜しむ気持ちだけはいつまでもこの身にとまっている。

 

→「風に散る」と「風誘ふ」の違いです。単純に「散る」は客観的、「誘ふ」は主観的です。語感としては「風さそふ」の方に情緒を感じると思います。われわれ後世の人間にとっては、「風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん」という、浅野内匠頭の辞世を思い出すのも、情緒を感じる理由のひとつかもしれません。意訳してしまえば、(A)(B)ともほぼ同じ解釈になると思います。そういえば浅野内匠頭の歌も「…春の名残をいかにとやせん」と、「…いかにとかせん」の二通りの読み方があることを思い出しました。

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(参考:「山家集」佐佐木信綱校訂(岩波文庫)、「西行・山家集」井上靖著(学研M文庫))

※当ブログのこのカテゴリはあくまでも「勝手に鑑賞」です。解釈等は参考程度に読んでください。

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