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2012年4月23日 (月曜日)

柴漬の沈みもやらで春の雨(蕪村)

蕪村句集にある、

柴漬の沈みもやらで春の雨(ふしづけのしずみもやらではるのあめ)

を鑑賞してみます。

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この句、柴漬と書いてふしづけと読みますが、Wikipediaで引いてみたら柴漬には3つの意味がありました。

①、柴漬(しばづけ)、京都の伝統的な漬物。正しくは紫葉漬け

②、柴漬(ふしづけ)、柴を束ねて水に沈め、中に入った魚を捕える方法。

③、処刑方法の一種(ふしづけorしばづけ)、罪人を柴で包んで縛り上げ、重りをつけて水底に沈める。

で、この句の解釈は、ふつうはをとります。たとえば萩原朔太郎の「郷愁の詩人与謝蕪村」には

春雨模糊(もこ)とした海岸に、沈みもやらで柴漬が漂っている

とありました。別に海に限ることはないのですが、柴を束ねたものを水に沈め、集まってきた魚を獲るのが柴漬(ふしづけ)で、その作業が終わらないうちに春の雨が降ってきた、という解釈です。京都市内を流れる桂川の嵐山~松尾橋までの左岸を罧原堤(ふしはらづつみ)といい、柴漬(ふしづけ)漁と関係があって、蕪村の句もここでの風景を詠んだのではないかと言われています。

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しかし、最近平家物語を読んでいて気づいたことがあります。平家物語(延慶本)によると、清盛亡きあとの平家の棟梁、平宗盛の次男能宗(よしむね)が、壇ノ浦で死に切れなかった父宗盛、兄清宗とともに京都に護送されて、桂川で③の柴漬の刑にされたとあります。桂川のどこかはわかりませんが、罧原堤の名前は柴漬の刑と関係があるのかもしれません。だとすると、蕪村の句は『柴漬の刑にあった能宗が子供ゆえになかなか沈まずに漂っているところへ、春の雨がしとしと降ってきた』 とも解釈できます。これまでののどかなイメージが、平家滅亡の悲しい物話へと一変します。柴漬の刑は、特に幼い子供に用いられることが多かったようです(能宗は当時6歳) 

下手な素人考えで何の根拠もないのですが、蕪村には王朝や歴史に取材した句が多いことから、ふと思いついて記事にした次第です。まぁ、解釈は自由ですから(笑)

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