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2012年5月15日 (火曜日)

「島原大門」は島原の出口だった!?

(京島原)

【入口のあいそになびく柳かな】(「おらが春」より、一茶)

この句に感激した私は、ブログの鑑賞記事にするため、一茶が遊んだであろう島原の風景を見に行きました。写真の一枚でも添えようと島原大門(しまばらおおもん)まで来てみると…

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2621_3(島原大門と柳)
門前の風景を目の当たりにしてテンションが上がりました。

『なるほど、愛想よくなびいていたのはこの柳か!』 

ところが、横の石碑に目をやると、島原の由来等説明書きの後、太田垣蓮月の歌が刻んであります。てっきり一茶の句碑だと思ったのに、少しがっかりです。

2622(拡大可)
蓮月の歌は

【なつかしきやなぎのまゆの春風になびくほかげやさとの夕ぐれ】

です。どこかとってつけたような歌で、どうみても一茶の句にはかなわないです。

『なんで? 門前のこの光景、どう見ても“入口のあいそになびく柳かな”なんだけどなぁ』

もう一度石碑をながめると、「島原のでぐちのやなぎをみて」の前書きがありました。

『なに? でぐちのやなぎ…出口? 一茶の句は入口…え? もしかして、この門、入口じゃないの?』

そこで、ネットで確認してみると、門前の柳は通称「出口の柳」また「見返り柳」と呼ぶらしいです。また、門前の垣根は「さらば垣」とあります。いずれも帰途に縁のあるネーミングです。島原で遊ぶと、あまりに名残惜しくて、後ろ髪をひかれる思いがするということでしょうか。

2624

門の内側に「慶応三年(1867年)五月 建築」の表示がありました。一茶の句はその50年ほど前に詠まれたものと思われます。現在の島原はこの大門といくつかの建物が残っているだけで、当時をしのぶよすがもありません。太田垣蓮月の歌がこの門にふさわしいかどうかは別にして、『まぁ、出口っていうんだから、入口の句碑はおかしいわな』 と変に納得したのでした。

2623

それにしても一茶の句、入口のあいそになびく柳かなは、春風・花街柳・客をとりあわせて、“愛想”の一言がよくきいています。

【262】

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