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2012年6月11日 (月曜日)

親にらむひらめをふまん潮干かな(其角)

芭蕉の弟子の其角

親にらむひらめをふまん潮干かな(おやにらむひらめをふまんしおひかな)

という句があります。パッと見て理解できなくて

「エッ? どういうこと? わからない…」

と悩んでしまったので、作句の背景を調べてみました。以下、物語風に綴ってみます。

ーーーーーーーーーー

ある日、其角さんは潮干狩りにやってきました。黙々と貝を探していると、潮だまりにヒラメを見つけます。

「おや? こんなところにヒラメが泳いでるぞ。目が片方に寄って、変な魚だ。きっと親をニラミつけてこんな目になったのだろう。親をニラムなんて、まことに不逞な奴だ。やい! 親不孝者のヒラメめ! ここで会ったが百年目。オレが踏みつけてこらしめてやろう」

とばかりに、潮だまりの中をバシャバシャと追いかけまわしました。ヒラメは次第に追い詰められて、ついにふんづけられてしまいます。と、そのとき

「やや! 一句できた。親にらむひらめを踏んで潮干かな、即興にしては、なかなかいい出来じゃないか。 待てよ、もうひとひねり…」

其角さんは、懐中より矢立を取り出すと、少し考えて書き取りました。

【親にらむひらめをふまん潮干かな】

「前書きは鰈魚(ひらめ)とでもしておくか…」

ーーーーー

私は知りませんでしたが、『親を睨みつけると、罰があたって、ヒラメみたいな片寄った目になってしまうぞ』 という言い伝えがあるのだそうです。言うこと聞かずに不満を持ち、親の顔を睨みつける子供への脅かし文句です。江戸時代といえば、儒教の教えが重んじられた時代ですから、長幼の序には厳しく、親に歯向かうことはもちろん、睨みつけるなどということは決して許されることではありませんでした。其角の句は、この言い伝えを踏まえています。もちろん現代でも親を睨みつけるような子供は困りものですが、子供にこのような脅かし文句を使う人は少ないように思います。私はこのような言い伝えがあることを全然知りませんでした。

この句が詠まれてから約三百年。作者の意図を、想像を交えつつも的確に解釈するのは、思った以上に難しい作業です。しかし、時代を越えて詠み継がれてきた句を、現代人なりに解釈することこそが俳句鑑賞の醍醐味でもあります。芭蕉の言う「不易流行」も、そういう意味に考え、古今の詩歌を勝手に解釈するのは楽しいものです。

※参考資料:岩波文庫『蕉門名家句選(上)

【289】

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