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2012年6月 4日 (月曜日)

絵のことを「後素」とも言います。

後素(こうそ)といえば、絵画のことです。論語に「絵の事は素を後にす」というのによります。『』とは白色のことで、絵を描くとき最後に白色で仕上げるから、また白い材料に描いていくから、という二つの解釈があります。

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子夏問曰。巧笑倩兮。美目盼兮。素以為絢兮。何謂也。子曰。繪事後素。曰。禮後乎。子曰。起予者商也。始可輿言詩已矣。(論語、八佾第三より)

『子夏問うて曰く、巧笑倩(こうしょうせん)たり、美目盼(びもくはん)たり、素以て絢(あや)を為すとは、何の謂いぞや。子曰く、絵の事は素(しろ)きを後にす。曰く、礼は後か。子曰く、予(われ)を起す者は商なり。始めて与(とも)に詩を言うべきのみ』

意訳:子夏がたずねた。「詩(詩経)に “にっこり笑ってえくぼに愛嬌があり、目元が大変美しい、白色であでやかさを仕上げる” というのは、どういうことでしょうか?」 先生(孔子)は、「絵画で白色を一番最後に加えるようなものだ」 と言われた。 「人にたとえれば、礼のことは最後にするということですか?」 と子夏が言うと、「商(子夏)よ。お前こそ私を啓発してくれる者だ。ともに詩を語るのにあたいするよ」 と言われた。

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という記事が載っていて、後世の人が絵画のことを後素と呼ぶようになったのだそうです。孔子の影響力を示すとともに、オシャレといえばオシャレな言い方です。

とはいえ、まわりのひとに 『絵のことをコウソって言うねんで。論語に書いてあるねん。お前知ってるか~』 と自慢しても、たぶんポカ~ンとされて 『それがどうした。』 と言われるだけだと思います。

…なので、だれにも言わずに、ブログの記事にしてみました(苦笑)

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