馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり(芭蕉)
野ざらし紀行(甲子吟行)にある芭蕉の句を、勝手に鑑賞してみます。
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二十日余りの月かすかに見えて、山の根ぎはいと闇きに、馬上に鞭を垂れて、数里いまだ鶏鳴ならず。杜牧が早行の残夢、小夜の中山に到りて忽ち驚く。
【馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり】(うまにねてざんむつきとおしちゃのけぶり)
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前書きに言う「杜牧が早行の残夢」というのは、杜牧の『早行詩』のことをいっています。
【早行詩】
垂鞭信馬行(むちをたれて うまにまかせてゆく)
数里未鶏鳴(すうり いまだけいめいならず)
林下帯残夢(りんか ざんむをおび)
葉飛時忽驚(はとんで ときにたちまちおどろく)
霜凝孤鶴迴(しもこって こかくはるかに)
月暁遠山横(つきあかつきにして えんざんよこたわる)
僮僕休辞険(どうぼく けんをじするをやめよ)
何時世時平(いつのときか せいじたいらかならん)
意訳:鞭を垂れて馬にまかせて進んで行く。数里来たがまだ鶏鳴は聞こえない。林の道をうとうとしていると、木の葉の飛ぶ音に驚かされる。霜は凝り固まって、かなたに鶴が一羽と、有明の月の向こうの山々が見える。僮僕よ、この先の厳しさを言わないでくれ。いつの日か平和な世が来るだろう。
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夜通し馬に乗って旅を続けた芭蕉は小夜の中山宿に着きました。馬上に寝ていたのが、次第に眠りから覚めていきます。「馬に寝て」「残夢」「月遠し」までは、まさに杜牧の詩のままです。「茶のけぶり」が飛びこんできて、ふと我にかえりました。「茶のけぶり」は天下太平の象徴です。杜牧の詩では、最後に世の中が治まらないことを嘆いていますが、芭蕉の句では世の中がすっかり治まっていることを言っています。そこが俳諧であり換骨奪胎です。「馬に寝て」「残夢」「月遠し」「茶のけぶり」と、四段に途切れた詠みっぷりは、どことなしにけだるい寝覚めを感じさせ、音楽性を重んじる芭蕉の特徴がよく出ています。
※勝手に鑑賞とは言うものの「芭蕉ーその鑑賞と批評ー(山本健吉著)」を参考にしました。芭蕉の句といい、山本健吉の解説といい、いずれもすばらしいものです。感動して記事にした次第です(笑)
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