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2012年8月22日 (水曜日)

心頭を滅却すれば火もまた涼し

この夏、節電のために職場や家庭内の冷房を控えめにしているという話をよく聞きます。その際、『暑い!』 という愚痴や不満をなぐさめるために使われるのが、

「心頭を滅却すれば火もまた涼し」(しんとうをめっきゃくすればひもまたすずし)

のことわざです。どんな熱い火であっても、心の持ち方ひとつで涼しい顔をしていられるという、精神力を鍛えるためのたとえ話です。さて、この言葉はどこからきているのでしょうか? 調べてみました。

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よく言われるのが、織田信長の甲州征伐で恵林寺が焼き討ちにあったとき、快川禅師(快川紹喜・かいせんじょうき)の辞世というものです。

【安禅必ずしも山水を用いず 心頭滅却すれば火もまた涼し】

でも、でも、どうやら快川禅師が燃え盛る炎の中で、焼け死ぬ前に偈を吐いたというのは、後世の作り話のようです。そもそも、いったい誰が見て(聞いて)いたのか、という素朴な疑問があります。

実は、この言葉は晩唐の詩人杜荀鶴(とじゅんかく)の詩からの引用であることがわかりました。

【夏日題悟空上人院】(かじつ ごくうしょうにんのいんにだいす)

三伏閉門披一衲(さんぷくもんをとざしていちのうをきる)

兼無松竹蔭房廊(かねてしょうちくのぼうろうをおおうなし)

安禅不必須山水(あんぜんかならずしもさんすいをもちいず)

滅却心頭火自涼(しんとうをめっきゃくすればひもおのずからすずし)

意訳:【夏の日、悟空上人の僧房にて詩をつくる

夏真っ盛りの暑いとき、門を閉じて僧衣を着る。部屋や廊下に涼しい陰をつくる松や竹もない。(本来)安らかに座禅するのに、山水の風情は必要ないのだ。心の雑念を追い払えば、たとえ火の中であろうとも、自ずから涼しく感じられるものである

悟空上人=僧の名前。孫悟空とは関係ありません。=僧房、寺。三伏=夏の末から立秋前後にかけての、一年中で一番暑いころの季節。一衲=僧衣一式。房廊=僧房&廊下。安禅=座禅。

杜荀鶴という人は、有名な杜牧の子供ともされていて、人間的には傲慢で人に嫌われていたそうです。詩は、悟空上人のところを訪ねたときに作ったのでしょうか。表題の「火もまた涼し」が、「火も自ずから涼し」となっているだけで、ほぼ同じ言葉であることがわかります。いい詩です。

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3611

さて、寝苦しい熱帯夜。我が家では、今夜はどれを使って心頭を滅却しようかな~、と悩んだ末に…

3612

必勝」うちわを選んだのでありました(笑)

【361】

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