ひとり来て一人を訪ふや・・・(蕪村)
蕪村全集(尾形仂・森田蘭校注、講談社)より、
【ひとり来て一人を訪ふや・・・】(ひとりきてひとりをとうや・・・)
を鑑賞します。
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この句、最後の「・・・」は何かといえば、実は、同全集によれば2案あるのです。
【ひとり来て一人を訪ふや秋のくれ】
【ひとり来て一人を訪ふや冬の月】
季語を除いて意訳すれば、訪ねて来た客がひとり、迎えるあるじも一人住まい。わびしい暮らしぶりの風流人の交わり。ということです。「ひとり来て一人を訪ふや」は、語感といい、意味といい、すばらしい言い回しになっています。こういうのを子規は、「蕪村でなければ言えぬ」というのでしょう。風景が眼に浮かびます。
で、季語の「秋の暮」「冬の月」です。たぶん、蕪村はパッとひらめいた上五・中七を得て、よほどうれしかったのだと思います。下五は推敲に推敲を重ねたのだと考えたいです。秋の暮・冬の月、どちらもわびしい心を象徴していて甲乙つけがたいです。
ただ、逆に言えば「ひとり来て一人を訪ふや」があまりにすばらしい出来なので、最後の五文字は「春の暮」でも「夏の月」でも、何でもいいということにもなります。あくまでも実景と体験に即して詠んだ句でしょうから、そこまで勝手に解釈するのは失礼ですけどね(笑)
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