« 「京都学生祭典」に行った話(偶然通りがかっただけですけど) | トップページ | ひさびさ、ねねの湯。 »

2012年10月 8日 (月曜日)

「多生」と「他生」の違い。

昨日の記事に書いた京都学生祭典の会場で、京炎そでふれ!のおもしろい横断幕を見つけました。

4081

袖振れ合うも多生の縁(そでふれあうもたしょうのえん)

と書かれています。

「はて? 多生他生と書くのではなかったか?」

気になったので、辞書を引いてみました。

多生】(仏教で)生き物の宿命として、動物・人間・天人などとして何回も生まれ変わること。袖触り合うも多生の縁」(=見も知らぬ旅人同士が同じ木の下に一時いこい宿るのも、決して偶然ではなく、この世に生まれる以前からの深いつながりによるものだ)→「他生」と書くのは俗用。

他生】(仏教で)現世を今生(こんじょう)と言うのに対し、自分が生まれ変わる前の過去の境界と、これから生まれ変わるであろう未来の境界の称。

要するに、

○天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の間をうろうろすること(六道輪廻)が「多生」

●現世に対して前世・来世が「他生」

です。多生によって、他生に行くわけです。横断幕にあった「多生の縁」で合っていました。ただ、辞書には「袖触り合うも多生の縁」とあります。今度は、「ふれあう」か「ふりあう」か、「触」か「振」か…それが問題です。ネットで検索してみると、

袖触り合うも多生の縁

袖触れ合うも多生の縁

袖振り合うも多生の縁

袖振れ合うも多生の縁

など、いろいろなパターンがあることに気づきました。

ーーーーー

ここでおじさんのひとりごと。

多生他生がわかれば、今年の夏は多照だったし、多祥を祈る意味からも、多少の違いが残ってもいいや。それより、いつもながらへたくそな文章だな。せめて他称形式で書けばよかったかも…』

なんちゃって。(笑)

※多照=日の照る時間が多いこと。多祥=「多幸」の意味の漢語的表現。多少=多いか少ないか。いくらか。他称=三人称。

(参考、新明解国語辞典)

【408】

« 「京都学生祭典」に行った話(偶然通りがかっただけですけど) | トップページ | ひさびさ、ねねの湯。 »

知りたい!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「多生」と「他生」の違い。:

« 「京都学生祭典」に行った話(偶然通りがかっただけですけど) | トップページ | ひさびさ、ねねの湯。 »