漱石の漢詩「無題」(明治43年9月29日作)
夏目漱石の漢詩を鑑賞します。
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【無題】
仰臥人如啞(ぎょうがひとあのごとし)
黙然見大空(もくぜんたいくうをみる)
大空雲不動(たいくうくもうごかず)
終日杳相同(しゅうじつはるかにあいおなじ)
意訳:仰向けに寝て、啞のように黙っていた。黙っていても大空が見えた。大空の雲は動かなかった。雲と私は、終日一緒であった。
漱石詩には無題のものが多くありますが、この詩は、明治43年9月29日の作です。直前の8月24日に療養中の修善寺で大吐血し、寝たきり状態を詠んだ作品です。「思ひ出す事など」の20章に当時の思い出とともにこの詩が記されています。詩の背景を一部引用してみます。
「何事もない、また何物もないこの大空は、その静かな影を傾けてことごとく余の心に映じた。そうして余の心にも何事もなかった。また何物もなかった。透明な二つのものがぴたりと合った。合って自分に残るのは、縹緲とでも形容してよい気分であった」
※縹緲(ひょうびょう)=はてしなく広いさま。かすかではっきりしないさま。
詩の言わんとすることは、要するにボーッとして何も考えられず、一日中空を眺めていたということです。さもあろう、大量に吐血して生死のあいだをさまよっていたのですから。
それにしても、さすがに漱石。引用した部分だけでなく「思ひ出す事など」の、どこを切り取って抜き出してもサマになっています。20章は、ドストエフスキーの癲癇発作時の歓喜の話から書き始め、自分も同じような恍惚の精神状態になったが、自分のそれは単に貧血の結果だったと、落語のオチのような書きかたですが、流れるような名文です。
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