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2012年11月 5日 (月曜日)

黒谷の隣は白しそばの花(蕪村)

蕪村の句

黒谷の隣は白しそばの花(くろだにのとなりはしろしそばのはな)

を鑑賞します。

意訳:黒谷の隣は白色だ。ほら蕎麦の花が咲いている。

なんのことはない、地名の黒谷と蕎麦の花の白をかけあわせてシャレているだけの句です。ただ、この句には「題 白川」という前書きがあり、実は、一休さんの逸話がもとになっています。

4365(黒谷境内)

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その昔、大徳寺の一休さんに問答を挑もうと、白川の僧が訪ねてきました。僧が言います。

一休どの。ここ紫野は、丹波に近いですな

大徳寺は京都市北区「紫野」にあります。紫野といえば京都の北のはずれ、そのまま山を越えると「丹波」の国です。丹は「に」ともいい、赤の顔料のことです。問答の意味としては「紫野が丹波に近いのは、その色が近いからですね。いかがかな?」となります。

一休さんは、

あなたのおられる白川が、黒谷の隣なのと同じことですよ

と答えました。相手の問いに対して当意即妙な受け答えです。これは参ったと、白川の僧はしっぽを巻いて逃げていきました。

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この話は無理問答といって、なぞかけの一種です。いまでも落語などで『○○なのに△△とはこれいかに』と問われて、『●●を▲▲と言うがごとし』とこたえる、アレです。問答を漢文で書くと対句になります。

紫野丹波近(むらさきのたんばにちかし)

白河黒谷隣(しらかわくろだにのとなり)

さすが一休さん。紫=白、野=河、丹=黒、波=谷、近=隣 と見事なものです。

で、蕪村の句はこの逸話を踏まえた上で、白川を白い蕎麦の花に変えて詠んだところが俳諧です。さらにトナリとソバもかけているようです。換骨奪胎+ダジャレです。

これはおもしろい、と思った私は黒谷(金戒光明寺で有名)と白川を写真に収めてきました。

4361

市バス「錦林車庫前」か「真如堂前」で降りると、白川通りです。

4362

なるほど。たしかに白川と黒谷は隣合わせ、目の前です。黒谷の横を白川は流れていました。

4363

ぐるっとまわって、黒谷の門をくぐります。

4364

金戒光明寺は法然上人ゆかりのお寺です。幕末に会津藩の本陣になったところでもあります。

蕪村のなにげない句から一休さんの逸話を知りました。どこまでが本当で、どこからが作り話なのかわかりませんが、言葉遊びのおもしろさ、古典の奥深さを思うと、なぜかワクワクします。ぜひとも蕪村に言ってやりたいです。

二百数十年後、白川にソバの花は咲いてなかったけど、あんたの句がわかったよ」 と。

(笑)

【436】

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