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2012年11月10日 (土曜日)

秋の暮京を出てゆく人見ゆる(蕪村)

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夕暮れの京都駅。蕪村の句を鑑賞します。

秋の暮京を出てゆく人見ゆる(あきのくれきょうをいでゆくひとみゆる)

この句、出てゆくを「いでゆく」と読むところにひかれました。なんでもない叙景句のように見えて、実は秋の暮がポイントのようです。蕪村のころ、旅立ちといえば普通は朝立ちでした。この句で蕪村が見たのは夕暮れ時の旅立ちです。それも遠くのほうから見つめているようすです。それでなくともものさびしい秋の夕暮れ。こんな時刻から旅に出るなんてどういう事情だろう、夜もすがら歩くのだろうか…、と想像させるところに俳諧があります。現代人には、旅立ちの原風景を思わせます。

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出てゆく人とやってくる人と。京都駅の夕暮れ時は、東海道線だけでも1時間に上下20本以上の発着があります。今どき、京を出る人を見つめている物好きはいませんね(笑)

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