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2012年11月 6日 (火曜日)

「白河夜船」と「白川」

白河夜船(しらかわよふね)】…四字熟語です。広辞苑を引くと、

(「毛吹草」によれば、京を見たふりをするものが、京の白川のことを問われ、川の名と思って、夜船で通ったから知らぬと答えたことからという)

と長い前置きで、「熟睡して前後を知らぬこと」とあります。

また、新明解国語辞典を引くと

(京都を見物してきたとうそを言った者が、名所白河について尋ねられ、川のことだと思い、夜中に船で通ったから知らないと答えた話に基づくという)

こちらも長い前置きとともに、「熟睡して何が起こったかを全く知らないこと」とあります。

さらに、ウソつきの話でもあるので、「見てもいないのに知ったかぶりをすること」の意もあるようです。

ただ、ここで納得できないのが、広辞苑で出典とされる毛吹草(けふきぐさ)です。

毛吹草というのは、貞門俳諧の異端ともいわれる松江重頼(1602-1680)の編んだ俳諧論書で、巻第二 世話 付古語 の項に、白川夜船と思われることが書いてあります(岩波文庫より)

しら川よぶね

見ぬ京物がたり

…あれ? いったいどうしたことでしょう? この2行だけなのです。我々は四字熟語「白河夜船」の意味を知っているからこそ、それと気づきますが、この記述が出典になるとは、とても思えません。広辞苑が出典で毛吹草の記述があるのなら納得もできますが、まるで逆です。ちなみに世話とは俚諺(りげん)で、古語は成語成句のことだそうです。毛吹草のこの項は、どこかで聞いたことのあるようなことわざ、短い言葉の羅列に過ぎません。

察するに、白河夜船という言い方が昔からあって、松江重頼が毛吹草に書き残しただけということではないでしょうか。

ーーーーー

いずれにしろ、広辞苑等の説明には、なるほど、と思います。実際、京都の東郊に白川は流れていても、川幅が狭く、とても船で行けるような川ではありません。

4371(白川)

現在、白川といえば祇園白川一帯の風情ある街並み、桜並木を思い出します。北白川は高級住宅地のイメージです。普通「○○川」と聞けば川そのものを思うものですが、たしかに京都の白川に関しては川の印象が薄いのは事実です。

まぁ、白河夜船の四字熟語が成り立つためには、当然といえば当然ですけどね(笑)

4372(白川)

【437】

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コメント

>衣笠一番星さん

そうですね。おっしゃるとおりだと思います。

思うに、故事成語としての白河夜船には、“前後を知らぬこと”、“知ったかぶりすること”という、一見関係のない二つの意味が伝わっていますから、長い間に、いろんな人の口伝えを経て成立していったと考えるのが自然ではないでしょうか。

ということは、聞き手(地方の人)はその場ではウソを見抜けなかったとしても、少なくとも京の人に聞けば、だれでも、「そんなアホな。白川に船は通うてないで。そら高瀬川と違うか?」と答えたのかもしれませんね。

まぁ、私にはよくわかりませんけど…(笑)

コメントをありがとうございましたm(_ _)m

この疑問? 私も以前から 思ってました。それと 私には知ったかぶりして言った本人は 高瀬川と勘違いして 白川も舟で行き交いできる と 思い 聞き手は そこで その嘘を見抜いた と 前々から思っているんですが いかがでしょうか? あれ、 祇園 白川に昔は舟が あったのかな?

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