« 御火焚や霜うつくしき京の町(蕪村) | トップページ | 青竹の俄かに近く秋の風(加藤楸邨) »

2012年11月17日 (土曜日)

秋の暮通りぬけたる天龍寺(五十嵐播水)

嵐山・嵯峨野を詠んだ句、今回は五十嵐播水の句を鑑賞します。

ーーーーーーーーーー

嵐電の嵐山駅を出ると、すぐ前が天龍寺です。

4481_3
紅葉の季節、人々が続々と門をくぐっていきます。

4482

参道を歩くだけでも、結構な紅葉を見ることができます。

4484

いかにも禅寺です…。というわけで、

秋の暮通りぬけたる天龍寺】(あきのくれとおりぬけたるてんりゅうじ)

兵庫県生まれの俳人五十嵐播水(いがらしばんすい)は、京都大学で医学を学ぶなど、京都ともゆかりの深い人だそうです。大変長命で特に港を詠んだ句を得意とされました。天龍寺には、拝観するための入口が何か所かあり、通り抜けられるようになっています。一句は、嵐山・嵯峨野を紅葉狩りしつつ、夕暮れ時に天龍寺を抜けたということでしょう。どこか大きな風景を感じるのは、天龍寺の「」「」という寺名が利いているからです。わかりやすい表現の中にも、心に残る句です。

4483_2

…見事な紅葉でした。

【448】

« 御火焚や霜うつくしき京の町(蕪村) | トップページ | 青竹の俄かに近く秋の風(加藤楸邨) »

勝手に鑑賞「古今の詩歌」」カテゴリの記事

おでかけ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 秋の暮通りぬけたる天龍寺(五十嵐播水):

« 御火焚や霜うつくしき京の町(蕪村) | トップページ | 青竹の俄かに近く秋の風(加藤楸邨) »