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2012年12月 5日 (水曜日)

楓橋夜泊(張継)

張継の漢詩「楓橋夜泊(ふうきょうやはく)」を鑑賞します。

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月落烏啼霜満天(つきおちからすないてしもてんにみつ)

江楓漁火対愁眠(こうふうぎょかしゅうみんにたいす)

姑蘇城外寒山寺(こそじょうがいのかんざんじ)

夜半鐘声到客船(やはんのしょうせいかくせんにいたる)

(意訳)

月は西空に沈み、カラスは鳴いて、霜は天に満ちている。うとうとする私の目には、川岸の真っ赤な紅葉といさり火がぼんやりと映っている。あぁ、姑蘇城外の寒山寺から、夜半の鐘の音がこの船に聞こえてきた。

この詩、張継の体験が、夢うつつにもかかわらず時系列を追って表現されていることが特徴です。作者は寝ぼけています。にもかかわらず、ひとつひとつの現象(出来事)を具体的に記しています。もしかしたら、はじめの「月落=月が沈んだ」と、最後の「客船=自分がいまいるところ」 だけが現実で、その他の部分、カラスが鳴いた、霜が天に満ちている、岸辺のカエデ・いさり火(ともに赤色)、寒山寺、鐘の声は、いずれも、朦朧とした眠気の中で作者が、そんなものが見えた、そんなふうに聞こえた、ということを詩にしているのかもしれません。事実と空想との境界を明らかにせず、鑑賞の領域を広げさせることに成功しています。

この詩は日本でも人気があります。その理由のひとつとして、読み下し文での調子のよさが挙げられます。それは、

起句「…てんに

承句「…みんにたい

転句「…かんざんじ」

結句「…せんにいた

と、起句・承句・結句がそれぞれ「…んに→終止形(語尾が)」となっていて、原詩の「」「」「」の押韻が、訓読に生かされていることです。

中唐の詩人張継は、この詩だけで有名になったそうです。たしかに何度口づさんでも、口当たりの良い、いい詩だなと思います。

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月落ち烏啼いて霜天に満つ

江楓漁火愁眠に対す

姑蘇城外の寒山寺

夜半の鐘声客船に到る

【466】

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