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2013年1月22日 (火曜日)

年のうちに春は来にけり一年を去年とや言はむ今年とや言はむ(在原元方)

古今集春歌上巻頭、在原元方(ありはらのもとかた)の歌を、勝手に鑑賞してみます。

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(ふる年に春立ちける日よめる)

年のうちに春は来にけり一年を去年とや言はむ今年とや言はむ

(としのうちにはるはきにけりひととせをこぞとやいわんことしとやいわん)

意訳:(過ぎた年に立春を迎えた日に詠んだ歌)暦ではまだ12月中なのに立春を迎えた。この一年を去年と言えばいいのか、今年と言えばいいのか。

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 以下、おじさんのひとりごとです。

『ふむふむ。解説書の解釈はだいたいこんな感じだ。「年の内に春は来にけり」 と 「去年とや言はむ今年とや言はむ」はそのまま理解できるとしても、三句目の「ひととせを」がわかったようでわからない。いったいどの期間を指して「一年」と言っているのか? たとえば今年(2013年)は旧12月24日(太陽暦2月4日)が立春、6日後が元日(2月10日)で、まさに年内立春。ただ、期間で考えると、立春を基準にしようが元日を基準にしようが、1年間は1年間だ。二十四節気なら立春から節分までが1年、暦の日付なら元日から大みそかまでが1年。そしてこの歌、前書きに「ふる年(旧年)に春立ちける日よめる」と言っているではないか。要するに、暦日を基準として「一年」をとらえているのは間違いない。当時年内立春はそう珍しいことではなく、2年に一度程度あったということを考えても、この歌、現代で言えば、陽暦と陰暦とごっちゃになってややこしいなぁ、と言っているだけで余情も何もないんじゃないかな?』 

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 正岡子規の【再び歌よみに与ふる書】に、この歌の辛辣な評がありました。該当部分を引用してみます。

【・・・『古今集』といふ書を取りて第一枚を開くと直ちに「去年とやいはん今年とやいはん」といふ歌が出て来る、実に呆れ返った無趣味の歌に有之候。日本人と外国人の合の子を日本人とや申さん外国人とや申さんとしゃれたると同じ事にて、しゃれにもならぬつまらぬ歌に候。・・・】

(意訳)…古今集を手に取って1ページ目を開くとすぐに「去年と言えばいいのか、今年と言えばいいのか」という歌が出て来る。実に呆れ返った無趣味の歌というものだ。日本人と外国人とのあいだに生れた子供を「日本人と言えばいいのか、外国人と言えばいいのか」とシャレているのと同じことであって、実際はシャレにもなっていないつまらない歌である。

 このおじさん、古今集は好きで、全体として調べのよさに感動するものですが、どうもこの歌に関しては子規に賛成せざるをえないようです。たしかにつまらないですね。この歌をつまらないと思っている古人は多いようで、一茶の「七番日記」(文化十三年十一月)に、次の句を見つけました。

年の内に春は来にけりいらぬ世話】(としのうちにはるはきにけりいらぬせわ)

 とはいえ、本当に「いらぬお世話」と思っているのは、作者の在原元方と選者の紀貫之らかもしれません(笑)

【514】

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コメント

この和歌の成り立つ理由の解析

次の二つのカレンダーを併用したためです。
①一年を太陽の周期に合わせた365日とするカレンダー(中国の二十四節気 立春)
②年によって一年の日数が変わるカレンダー(日本の陰暦 元日)
でないと、「年のうちに 春は来にけり」なんてことは、起こり得ません。

陰暦では、一年は30日×12月=360日でした。
これでは、太陽の周期に合わないので、6年毎に一年を、
30日×13月=390日(うるう年)として、太陽の周期と合わせました。
(正確には知りませんが、こんなことでもないと説明できないんです)


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