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2013年1月29日 (火曜日)

「謎の七支刀」(宮崎市定著)を読んで

大和石上神宮(いそのかみじんぐう)に代々伝わる七支刀(しちしとう)の銘文の謎を、独自の視点から読み解いた話です。

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まずは冒頭から著者の文章力に引き込まれます。七支刀とは何か。どういう経緯で著者が研究に着手するに至ったか。先人の研究成果はどういうものか。など、読者にわかりやすく提供してくれます。読み進むに従って「なるほど」と思うところが多く、銘文の読み方は宮崎説で決定だろうと説得されます。そんな中、私が最も感激したのは以下のくだりです。

【…私の研究はまた、ごくありふれた史料、二番手、三番手の資料で十分なのだ。それはお前の研究がまだ至らぬせいだ、といわれたらそれまで。そのとおりとあやまるほかはない。だが他人からの情報によりながら、情報提供者よりも、だれよりも正確な事実を発見するのが歴史学だという、私の信条は変らない。】(中公文庫版176ページより)

なんと自信に満ちて、カッコイイ言葉でしょう。著者が結論を得るに至った経緯が過去の研究成果をベースに、自らの見解を述べるという形で展開していきます。

002(中公文庫版)

ただし当方は古代史にはまったくの門外漢にて、七支刀についても本書以外の著作を読んだことがありません。読後の感想記事を書くにあたって少し確認してみたところ、現在では銘文の年号(宮崎説では南朝宋泰始四年=西暦468年)は、東晋泰和四年(西暦369年)説が有力なようです。

冒頭のはしがきに「昭和五十八年六月」との日付があり、約30年前の著作です。その後、研究は大いに進んだものと推察いたします。よって内容的に時代遅れの感はあるにせよ、「謎の七支刀」というタイトルが示すとおり、謎解きの読み物としては現在でも十分楽しめる一冊ではないでしょうか。

【521】

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