ながめつる今日はむかしになりぬとも軒端の梅はわれを忘るな(式子内親王)
新古今集春上52、式子内親王の歌を鑑賞します。
「百首歌奉りしに、春歌」
【ながめつる今日はむかしになりぬとも軒端の梅はわれを忘るな】
(ながめつるきょうはむかしになりぬとものきばのうめはわれをわするな)
(意訳)こうして眺めている今日という日が過去のことになってしまっても、軒端の梅よ、私のことを忘れないでおくれ。
(北野天満宮にて)
拾遺集、菅原道真の「こちふかば匂おこせよ梅の花あるじなしとて春をわするな」を本歌としています。古い注釈書によると、この歌は内親王晩年の歌で、死後のことを思いやって詠んだものとのことです。「ながめつる今日は」に、来る日も来る日も長い間見つめてきた、の意味を持たせているものと思われます。ため息が出るようなさびしい心と、現世に対する未練がましい執着心が混ざったような印象です。
式子内親王には梅を詠んだ歌が多くあります。
【梅の花恋しきことの色ぞ添ふうたて匂ひの消えぬ衣に】
【袖のうへに垣根の梅は音づれて枕にきゆるうたた寝の夢】
【にほひをば衣にとめつ梅の花ゆくへも知らぬ春風の夢】
いずれも本歌取りの要素が多く、連想が働きやすいです。言葉の使い方が上手なんですね。知的な色気を感じます。
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先日、千本今出川のバス停の近く、般舟院陵内にある式子内親王の墓ともいわれる塚に寄ってみました。
(千本今出川北東角)
千本今出川のバス停はよく利用するのですが、中に入るのは初めてでした。平日のみ開門されているとのこと。
人気のない陵内の隅にある一群の石仏と小高い塚が式子内親王のものだそうです。何の表示もありませんでした。すばらしい歌人なのに、ちょっとさびしいですね。
【551】
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