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2013年2月18日 (月曜日)

いまなんじはかぎれり(論語)

冉求曰、非不説子之道、力不足也、子曰、力不足者、中道而廃、今女畫(雍也第六・12)

『冉求(ぜんきゅう)曰く、子の道を説(よろこ)ばざるに非ず、力足らざればなり。子曰く、力足らざる者は、中道にして廃す。今、女(なんじ)は画(かぎ)れり』

(意訳)冉求が言った。「先生の教え(道)をうれしく思わないのではありません。私の力量が不足しているのです」 孔子(先生)はおっしゃった。「力量が足らないのならば、途中で投げ出すはずだ。今、お前は自分で見切りをつけている」

弟子の冉求が弱音を吐きました。普通の先生なら、『何を言う。もっとがんばりなさい』というところを、いま、なんじはかぎれり…『そんなことはない、できないと自分で決めつけているのだ』 というのです。孔子も心の中では情けない奴だなと、多少の怒りを抱いたことでしょう。それでもきちんと相手を見つめて、相手に考えさせるように持っていくこの言い方は、わずかな言葉で人の育て方の手本を示す問答ではないでしょうか。「やってやれないことはない」 の前に、「やらずにできるわけがない!」 です。論語のこの章を読んで、自分自身を鼓舞している方は多いと思います。

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ところで「」の旧字体「」の字、よく言われるように「」と「(昼)」との区別が難しいです。さらに「」の字もあるので、よりややこしくなります。どの字も、漢詩・漢文を読んでいると結構出てきます。もしかしたら、昔の人は論語のこの章を読んで、わからないからといって簡単に(かぎ)ってはいけないと、がんばって使い分けたのかもしれません。

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