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2013年2月 7日 (木曜日)

名にしおはばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと(在原業平)

伊勢物語&古今集にある表題の歌が好きです。私はこの歌だけで在五中将業平のファンになりました。いささか長くなりますが、勝手に鑑賞してみます。

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(原文)

武蔵の国と下総の国との中にある、隅田川のほとりにいたりて、都のいと恋しうおぼえければ、しばし川のほとりに下りゐて、思ひやればかぎりなく遠くもきにけるかな、と思ひわびてながめをるに、渡守、「はや舟にのれ、日くれぬ」と言ひければ、舟に乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なくしもあらず、さる折に、白き鳥の、嘴と脚と赤き、川のほとりにあそびけり。京には見えぬ鳥なりければ、みな人見知らず、渡守に、「これは何鳥ぞ」と問ひければ、「これなむ都鳥」と言ひけるを聞きてよめる

名にしおはばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと

(意訳)

武蔵の国と下総の国との間にある隅田川までやってきて、都がとても恋しく思われたので、しばらく川岸に下りて、思えば限りなく遠くまで来たものだ、と心細く感じていた。渡し守が「早く舟に乗りなさい。日が暮れてしまうよ」と言うので、舟に乗って渡ろうとすると、一行は物悲しくなって、京に恋しい人がいないわけではない。そのとき、白い鳥でくちばしと足が赤いのが、川のほとりで遊んでいた。京には見かけない鳥なので、皆名前を知らない。渡し守に「これは何と言う鳥か」と尋ねると、「これがあの都鳥さ」と言うのを聞いて詠んだ。

そういう名前を背負っているのならばちょっと聞いてみよう。都鳥よ、私の恋しいあの人は今も元気でいるかということを

(以上、古今集411より)

5301

多少の言葉の違いはあるにせよ、どの参考書を見てもほぼ同様に現代語訳されています。でも、このような意訳の仕方で、歌の情景を本当に理解し鑑賞できたと言えるのでしょうか。渡し守に「これなむ都鳥」と言われたときの作者の心を、こんなに単調な言葉で読み解いていいのでしょうか。私には渡し船に乗った業平の叫び声が聞こえます。以下は、勝手に鑑賞した歌の意訳です。

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えっ! みやこどり! あの鳥はみやこどりというのか! なんと、京から遠く離れたこの川まで飛んできたというのか!

ならば、ぜひ聞かせてくれ。私の問いに答えてくれ。みやこどりよ!

京を旅立ち、ここまで幾日過ぎたことか。思えば道を知る者とてなく、途方もなく遠くまできたものだ。三河の八橋ではいくつもの橋を渡り、駿河の宇津の山では鬱蒼と茂った道を行き、大いなる富士を横目に過ぎ、ようやくたどりついた隅田川。前途への思いは心細くなるばかりだ。そんな時、はるか京から飛んできたみやこどりに出逢うとは、なんというめぐりあわせ! なんという幸せ! お前に聞きたいのはただひとつ。都に残してきた恋しいあの人のこと。あの人は今どうしているだろう。元気で過ごしているか、それとも・・・、あぁそれだけを教えてほしい、みやこどりよ!

ーーーーー

歌を分解してみます。

なにしおわば

いきなりの字余りが「これなむ都鳥」と聞いた作者の驚きをあらわしています。作者は口をわななかせています。

いざこととわん

興奮状態にある作者のほとばしる思いです。小舟から身を乗り出している業平の姿が見えます。

みやこどり

ここで小休止が入ります。興奮状態から幾分冷静さを取り戻したようです。「都鳥よ」という呼びかけに続く小休止が結句の感動を呼び起こします。

わがおもうひとはありやなしやと

最後に恋しい人への思いが流れるように口をついて出ました。4句、5句は鑑賞する者も一気に読まなければなりません。「わが想う人はありやなしや」…これほど人恋しさを的確に表現した言葉がほかにあるでしょうか。若者は現在進行形で、年配者は過去形でも構いません。ぜひ自分の恋心をこの歌で呼び覚ましてください。人を愛するということは四六時中相手の存在を思いやることです。「ありやなしや」を問いかけることです。古今集仮名序において業平が「その心あまりて言葉たらず」と評されたのは、こういう言葉の使い方だと思います。

同じ場面を記した伊勢物語には、歌のあとに「舟こぞりてなきにけり」との記述があります。実際、このくらいまで鑑賞しないと泣けてこない…、と私は思います。業平の思いが1100年以上の時を越えて伝わってくるとは、なんとすばらしいことでしょう!(つづく

【530】

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勝手に鑑賞「古今の詩歌」」カテゴリの記事

コメント

ありはらの業平は何故隅田川まで来たのか。

>スマホライターMさん
思うままに書いた勝手な鑑賞ですが参考になれば幸いです。
コメントをありがとうございました。

六代尾形乾山と言われた陶芸家「三浦乾也」一門の図録を作成中です。
墨田川でこの詩を読んだ都鳥の解説に利用したいのでご了解を頂けないでしょうか。

在五中将業平 古今集411
 武蔵と下総の国との間にある隅田川まで来て、都がとても恋しく思われた。
川岸に下りて、思えば遠くまで来たものだ、と心細く感じた。渡し守が「早く舟に
乗りな。日が暮れるよ」と言うので、舟で渡ろうとすると、悲しくなって、京に恋
しい人がいないわけではない。その時、白い鳥でくちばしと足が赤いのが、川のほ
とりで遊んでいた。京には見かけない鳥なので、皆名前を知らない。
渡し守に「これは何と言う鳥か」と尋ねると「これがあの都鳥さ」と言うのを聞
いて詠んだ。「都鳥と言うのなら問うてみよう。都鳥よ、私の恋しいあの人は今も
元気でいるのかと」

と言う記述を転載させて頂けないでしょうか。
宜しくお願いします。

この歌を初めて知ったのは、30年余り前の塩森恵子さんの読み切りコミック「言問橋純情」です。

毎日々々恋する人への気持ちを募らせながら旅する人の気持ちがわかる人もいればわからない人もいる。
この歌の心の叫びが聞こえないコメントをしている人はちょっとかわいそうでもありますがそれがその人の経験した恋する心の最大値だったのでしょう。
私はブログの解説者様の解釈こそが気持ちを汲み取っていると思います。と、いうか最初に高校で習った時にそのように感じました。
解釈は人それぞれ。でもせっかくだから豊かな心の目で見たい歌です。

ひとりよがりの下らない解釈であきれました。
在原業平はむろん、このブログの解釈のように興奮していたわけではありません。
また、このように興奮するのみのおひとにいい歌が詠めるわけもありません。
芸術というものとまったく無縁なひとのかいた、実にいい加減な記事でした。

都鳥自体は京では見かけないのに、「京から飛んできたのか!」となるのは少し変な気がします。
また、人を想うその度合いは変わりませんが、おそらく作者はこのわびしい雰囲気の中ここまでの興奮はせず、京にはいないのに皮肉にも「都鳥」という名前を持っているこの鳥に、自身も皮肉を少し交えて「そのような名前ならば教えて欲しい」と静かに問いかけ、京に残してきた人を想っていたのだと思います。また、その静かながら深く想う言葉と姿を見て、舟に乗っている他の人も同じく京や自らの大切な人を考え、自然と涙が出てきたのでしょう。

素晴らしい
この解説、この紹介文、
素晴らしいです

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