« 三十三間堂「春桃会」。 | トップページ | おめでたい話(セラミックピーラー) »

2013年3月 4日 (月曜日)

ゆきつくす江南の春の光哉(貞徳)

貞門の祖、松永貞徳の句を鑑賞します。

ゆきつくす江南の春の光かな】(ゆきつくすこうなんのはるのひかりかな)

(意訳)見渡すかぎり、すみずみまで春の光に満ちた江南の風景であることよ。

ーーーーー

①、この句、杜常の漢詩「華清宮」が下敷きになっています。

 行尽江南数十程(ゆきつくすこうなんすうじってい)

 暁風残月入華清(ぎょうふうざんげつかせいにいる)

 朝元閣上西風急(ちょうげんかくじょうせいふうきゅうに)

 都入長楊作雨声(すべてちょうようにいりうせいとなる)

華清宮というのは、唐の玄宗が楊貴妃と遊んだ宮殿です。詩は、『玄宗皇帝が安禄山の反乱のために南方の蜀へ数十日かけて逃れて行った。華やかだった華清宮は殺風景になり、暁の風、有明の月が訪れるのみ。朝元閣には西風が吹き、楊の長い枝は雨の音のようにしないでいる』 と歌っています。

②、杜常の詩は玄宗なきあとの宮殿の寂しさを歌った暗いイメージですが、貞徳の句は、明るい「春の光」を受けた好風景を詠んでいます。元の詩と明暗を転じて詠んだところが俳諧です。

③、貞徳のいう「江南」は、中国の江南地方の雄大な風景を想起させながら、実は近場の淀川や宇治川、あるいは琵琶湖の南を詠んでいます。古典の名句を身近な場所に転じたところが俳諧です。

④、「ゆきつくす」には二つの意味がかかっています。自らの足で歩いて「行き尽くす」と、春が来て雪が消えて「雪尽くす」です。同音異義語の言葉遊びとはいえ、ちょっと高度なテクニックです。これも俳諧です。

⑤、このように説明されると、興味のある人は「なるほど」と思います。この「なるほど」が俳諧・俳句には一番大切なところです。古人の有名な句であれ、同人・同僚の即興句であれ、句を鑑賞する際の醍醐味です。句を通じてお互いの理解を深めるのです。

貞徳は自分の作った句をわかりやすく説明し、俳諧とはこういうものだと人々に説きました。彼は人の句をホメるのが上手でした。それは弟子たちにも受け継がれて、次の談林派を率いた西山宗因もホメ上手だったといいます。おかげで江戸時代初期、貞門から談林俳諧は一世を風靡しました。ホメて育てることがいかに大切かわかります。

ーーーーー

松永貞徳は京都の人です。五条の翁、花咲の翁とも呼ばれていました。

5551

↑下京区の花咲稲荷は貞徳の旧跡といわれています。

5552

訪ねてみると石碑が建っていました。写真ではわかりにくいですが「誹諧元祖 松永貞徳舊跡」とありました。

【555】

« 三十三間堂「春桃会」。 | トップページ | おめでたい話(セラミックピーラー) »

勝手に鑑賞「古今の詩歌」」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ゆきつくす江南の春の光哉(貞徳):

« 三十三間堂「春桃会」。 | トップページ | おめでたい話(セラミックピーラー) »