於春春大哉春と云々(芭蕉)
芭蕉の句を鑑賞します。
【於春春大哉春と云々】(ああはるはるだいなるかなはるとうんぬん)
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この句、参考書には「古書の口調を模して、春の悠揚とした気分を嘆じたもの。談林の影響を受けている」 とか、「ただ、新春の豊かなさまを、漢語調でもったいらしく述べただけ」 などと解説されています。じゃぁ、具体的にどのように意訳すればいいのでしょうか、もうひとつよくわかりません。読めばわかるだろ、とでも言いたげです。思うに、この句を詠んだときの芭蕉の気分によって、二つのパターンが考えられると思います。
①もし芭蕉がハイテンションだったとしたら、
「あぁ、春だ春だ、大きな春がやってきたよ~、とかなんとか言っちゃって(笑)」
②芭蕉が、ちょっと気取ってこの句を詠んだとしたら、
「(ゴホンと咳払いなどして)あぁ、春春、大きな春だ…(以下無言)」
となるでしょうか。違いは「云々」をどう解釈するかです。「云々」とは、基本的に言いたいことの中心部分だけを述べて、あとを省略する言い方です。鑑賞者によって、なんとでも解釈が可能です。
いずれにしても、初句の「あぁ春春」がよく効いています。「大なるかな」という言い方もおもしろいです。芭蕉の句としてはあまり知られていませんが、リズムのよさが、いかにも春を彷彿とさせる好句だと思います。
【577】
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