遅き日のつもりて遠きむかしかな(蕪村)
蕪村の句、
「懐旧」
【遅き日のつもりて遠き昔かな】
を鑑賞します。
(意訳)日に日に日没の時間が遅くなってきた。積りつもったこの夕暮れに、遠い昔が思い出されることよ。
ーーーーー
この句の評価としては、
「…日本の詩歌における感傷・詠嘆の最も純粋な母型の一つを示しているかのよう…」(中村草田男)
「…蕪村の情緒。蕪村の詩境を端的に詠嘆していることで、彼の代表作と見るべきだろう…」(萩原朔太郎「郷愁の詩人与謝蕪村」)
「…永い春の日が、積りつもった遠い遥かな昔、幼い日の懐古。…」(山本健吉「俳句鑑賞歳時記」)
「私の大好きな句です」(内藤鳴雪「蕪村句集講義」)
など、絶賛する人が多いです。ただ、
「…全く主観的の句である」(河東碧梧桐「蕪村句集講義」)
との声もあります。もちろん私はこの句が好きです。なんといっても言葉の響きが美しいです。「遅き」と「遠き」、「日」と「昔」。十七音の中に押韻と対句をほどこした構成に感動します。そして前書きの「懐旧」が効果的です。日本人のだれもが感じるノスタルジーに訴えかけています。
【561】
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