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2013年4月23日 (火曜日)

暮んとす春をゝしほの山ざくら(蕪村)

蕪村の句

暮んとす春をゝしほの山ざくら】(くれんとすはるをおしおのやまざくら)

を鑑賞します。

(意訳)日が暮れようとしている。春も暮れようとしている。小塩山の桜も散ってしまった。「おし」だけに・・・惜しいことだ。

惜春の思いを、「小塩(おしほ)」と「惜し」の掛け言葉を使って詠んでいます。

ーーーーー

京都市内から五条通り(国道9号線)を西へ、洛西ニュータウン近くの中山交差点にやってきました。

6051(国道中山より望む)

前方に小塩山が見えます。右の山は、古来より歌に詠まれることが多い「大枝山」です。蕪村もこのあたりから眺めて句を詠んだのでしょうか。大原野から小塩山といえば、在原業平のゆかりの地でもあります。このあたり一帯は、ほとんど竹林だったのが、ウソのように開発されました。先日は、京都縦貫道が名神高速道路とつながるなど、私の知る限りでも大きく変貌しています。蕪村も、現在の姿を見ればきっと驚くと思います。「惜しほ~」というか、「おー、えぇ(大枝)」というか、どちらかでしょうね(笑)

【605】

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