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2013年4月17日 (水曜日)

うつせみの世にも似たるか花桜咲くと見しまにかつ散りにけり(読人しらず)

古今集春歌下73、読人しらずの歌を鑑賞します。

うつせみの世にも似たるか花桜咲くと見しまにかつ散りにけり

(意訳)はかない人の世に似ているなあ、花桜は咲いたと思ったら、…もう散ってしまったよ。

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平明で、調べのよい歌です。好きな方も多いことでしょう。

うつせみ」は「」にかかる枕詞です。もともとは「現身」と書いて「うつそみ」と読み、生身のからだのことでした。セミの抜け殻の「空蝉(うつせみ)」と語感が似ていることから混同し、はかない人生・無常を意味する枕詞になったと考えられています。

気になるのは「花桜」という言葉です。古今集春歌に「桜花」は多く詠まれていますが、「花桜」とあるのはこの歌だけです。実際、声に出して読んでみても 「さくらばな」 のほうが調べに優れています。にもかかわらず、どうして「花桜」と置いたのでしょうか。それは「はなさくら・さくとみしまに」 と、同音の語を続けることによって二句~三句の間の休止を無くし、散り急ぐ花の切迫感を出したのだと思います。さらに結句の 「かつ」 に若干の違和感を覚えますが、ここは 「咲くと見しまに」で、一旦ため息のような大休止を入れることが重要で、花を惜しむ作者のがっかり感を演出しているのです。つまりこの歌は、

うつせみのよにもにたるかはなさくらさくとみしまに…(ふぅ)…かつちりにけり

と歌ってほしい、と作者は主張しているわけです。(勝手な鑑賞であることをお断りしておきます)

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