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2013年4月28日 (日曜日)

「笹まくら」(丸谷才一著)を読んで。

井上ひさしの「自家製 文章読本」の「文間の問題」に、例として丸谷才一の小説「笹まくら」を挙げてありました。どんな小説なのだろうとネットで調べたら、米原万里が「打ちのめされるようなすごい本」として取り上げています。ますます興味を持ち、これは読んでみなければ! とさっそく図書館で借りて読んでみました。丸谷才一の小説を読んだのは初めてでした。

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「浜田庄吉は戦争中に徴兵忌避の経験があった。敗戦後、縁あって私立大学の庶務課に勤めている。理事に眼をかけてもらい、妻も紹介してもらって二十年間何事もなく過ごしてきたが、昇進の話が出ると、今になって同僚や上司から徴兵忌避が問題にされ、逆に左遷されそうになる…」

というのが、メインのストーリーです。井上ひさしがこの小説を取り上げているのは、その手法が、杉浦健次と名前を変え、ラジオ修理や砂絵師として全国を逃げ回っているときの物語と、大学で左遷されそうになっている現在の浜田庄吉の物語を、突然入れ替えるところにあります。段落を変えただけの行間に、二十年の時空の隔たりがあるわけです。ストーリーの展開に飛躍があるため、読むにあたっては、最初はかなり戸惑います。全部で7章に分けられていますが、私の場合、1章が終わるころにようやく浜田・杉浦の両主人公のおかれた状況、周辺の人物像が呑み込めてきました。その後は場面転換にも慣れて、作者の筆力にどんどん吸い込まれていきます。徴兵忌避をして逃げ回っている杉浦健次のエピソードが、左遷されようとしている浜田庄吉にフラッシュバックしつつ、現在の時間が経過していきます。戦争中の徴兵忌避という、現代人からみれば特殊な状況を題材にしていますが、実は人間の普遍性を描いた心理小説です。自由とは?、社会とは?、いかに生きるべきか?、を問いかけています。

読後、Amazonの書評やブログの感想記事を読みました。井上ひさしが文章読本に取り上げ、米原万理が「打ちのめされるようなすごい本」に入れたのもわかりました。題材といい、文章力といい、「文間の問題」といい、私にとっても忘れられない小説のひとつになりました。

6101(新潮現代文学63より)

【610】

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