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2013年4月22日 (月曜日)

八九間空で雨ふるやなぎかな(芭蕉)

小雨のぱらつく某日、鴨川沿いを歩く機会がありました。

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桜の終わった鴨川沿いは新緑の柳が見ごろになっています。芭蕉の句を鑑賞します。

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「春興」 春の雨いと静に降てやがて晴たる頃、近きあたりなる柳見に行けるに、春光きよらかなる中にもしたゞりいまだおやみなければ

八九間空で雨ふるやなぎかな】(はっくけんそらであめふるやなぎかな)

意訳:「春興」 春の雨が静かに降ってようやく晴れてきたころ、近くの柳を見に行ったところ、清らかな春の光の中に、雨のしずくがいまだに(柳から)滴り落ちていたので

『柳のもと八九間は、(雨上がりの後も)空から雨が降るかのようにしずくが垂れている』

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句だけを読めば、「八九間」とは何を言っているのか、理解に苦しみます。前書きに 『したゞりいまだおやみなければ』 とあり、雨は柳から降ってくることがわかります。ならば八九間は柳の枝の幅と考えるのが妥当です。私の知識では一間は六尺=約1.8mで、八九間は約10.8m~12mになります。これだけの枝ぶりの柳があるのでしょうか。ちょうど鴨川沿いのように、柳並木になっていたのかもしれません。風がひゅぅーっと吹けば、バシャバシャとまとまった雨だれが落ちるのはよく経験することで、雨上がりのさわやかな風に揺らぐ柳ならではの句といえます。「春興」とあるように、ふと趣を感じ、句に興じたのだと思います。

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蕪村にも雨と柳の取り合わせの句があります。

横に降る雨なき京の柳かな】(よこにふるあめなききょうのやなぎかな)

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この句には、「春興 前文略之」 との前書きがあります。前文を略されたのでは意味不明、難解です。単純に、京の雨は柳が風に吹かれるように横に降ることはない、優雅なものだ、と考えたのではおもしろくありません。この句には寓意がありそうです。ここは、『京都人は、横殴りの雨のように怒りをあらわにすることなく、つねに柳に風、のらりくらりとしている。これはみやびというべきか、それとも腹黒いというべきか』 くらいに解釈しておきたいです。晩年長く京都に住んだとはいえ、もともと蕪村は大阪の人。同じ関西人でも京・阪はちと性格が違います。根っからの京都人に、何かイヤな言い方をされたのではないでしょうか。カチンときてこの句を詠んだのではないかと…、当たらずといえども遠からず、京都人はイケズですからね(笑)

【604】

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勝手に鑑賞「古今の詩歌」」カテゴリの記事

コメント

>宮武史郎さん
昨年5月に1000回書き続けたのと、体調不良もあって、ただいまブログの更新を休止しています。ひさしぶりにコメントをいただき、私自身、いったい何を書いたのかと、あわてて元の記事を読みなおした次第です。
これから楽しみに私の記事を読んでいただくとのことですが、素人の私の勝手な解釈が参考になりますかどうか…。
それでも、ブログ再開に向けて励みになります(笑)
どうもありがとうございましたm(_ _)m

はじめまして。八九間の句の解釈、今頃になって拝見しました。同感です。これまでにみた解釈はみな、柳のあたり八九間だけ雨が降っている、というのでしたが、以前から僕は、柳の雫だと思っていました。あなたの解釈に加えさせて頂くなら、「芭蕉が歩いていると、雨が上がった後なのに冷やっと雨が降りかかった。大木の柳が降らせたのだ」芭蕉が濡れて、冷やっと感じた。そこで、柳と彼が結びついていると思います。
寺田寅彦が、「蕪村は視覚的、芭蕉は聴覚的」と書いていましたが、僕は賛同し難いですね。芭蕉は言葉本来の意味での「生活」の感動というか、生きる命の感動(僕はこれを「生感」と呼んでいます)を書く人だと思うのです。第三者的な観察の詩人ではない、と思います。
あなたは今日もお元気でおられますか?
私も京都住まいです。
これから楽しみにあなたの文章を次々読ませて頂きます。

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