幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し(西郷隆盛)
西郷隆盛の漢詩「偶成」を鑑賞します。
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幾歴辛酸志始堅(いくたびかしんさんをへて こころざしはじめてかたし)
丈夫玉砕恥甎全(じょうふはぎょくさいすとも せんぜんをはず)
一家遺事人知否(いっかのいじ ひとしるやいなや)
不為兒孫買美田(じそんのために びでんをかわず)
(意訳)何度も経験を積み辛酸を舐めて、はじめて志は固くなる、男児は玉となって砕け散るとも、瓦のように身の安全をはかるのを恥とするものだ。我が家の遺訓を知っているか。孫や子のために立派な田んぼは買わないのだ。
※辛酸(しんさん)=つらい苦しみ。苦い経験。辛苦。苦労。なんぎ。
※丈夫(じょうふ)=一人前の男。成年男子。ますらお。
※玉砕(ぎょくさい)=玉となって砕けること。節義を守り、功名を立て、いさぎよく死ぬこと。
※甎全(せんぜん)=かわらのようなつまらないものではあるが、完全であること。なすこともなく生きていることのたとえ。瓦全(がぜん)
詩の言わんとするところはわかりますが、私にはいささか過激に思えてなりません。辞書(新明解漢和辞典)を引くと、玉砕の反対概念が甎全(瓦全)で、北斉書、元景安伝に『大丈夫寧可玉砕、不能瓦全』とあるのが出典とのことです。これは西郷さんの詩と同じ意味です。ただ戦後教育を受けてきた者には「玉砕」と聞くと、どうも悲惨なイメージをぬぐえません。戦争中「玉砕」を正当化することにこの詩が使われたかと思うと、やりきれないものがあります。玉(この場合は宝石でしょうか)には価値があって、瓦には価値がないというたとえ方にも納得できかねます。
とはいえ『幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し』というフレーズには、心を揺さぶられます。『兒孫の為に美田を買わず』もしかり。もっとも私の場合、子孫のために美田を買いたくても、いかんせん先立つものがなくて“買えず”ですけれども(笑)
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幾たびか辛酸を歴(へ)て志始めて堅し
丈夫は玉砕すとも甎全を恥ず
一家の遺事人知るや否や
兒孫の為に美田を買わず
【608】
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