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2013年5月22日 (水曜日)

いつ暮れて水田のうへの春の月(成田蒼虬)

天保期の俳人、成田蒼虬の句を鑑賞します。

いつ暮れて水田のうへの春の月】(いつくれてみずたのうえのはるのつき)

(意訳)いつ夕暮れを迎えたというのだろう。ほら、いつのまにか水田の上に春の月が出ている。

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成田蒼虬(なりたそうきゅう、1761-1842)といえば、田川鳳朗・桜井梅室と並んで、天保期の大家です。ただし、正岡子規以来月並調とされ、その作品は忘れられがちです。この句は「いつ暮れて」に理屈があると言いますが、はたしてそうでしょうか。

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最近、私自身の経験で、帰宅時にふと見上げればお月さまが出ていて驚いたことがありました。日がどんどん長くなっていく晩春なればこその感懐です。この句も 『日がな一日働いていたので、知らぬ間に日が暮れ、お月さまが出ているのに気がつかなかった』 という自然な驚きを、そのまま句に詠んだものと解釈したいです。句のリズム、語呂のよさは明らかに蕉風です。上五「いつ」 中七「みず」 と韻をそろえ、「水田うへ月」で「の」の字を三つたたみかけるところに作者の技量を感じます。なかなか余情のある句だと思います。

【634】

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