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2013年5月29日 (水曜日)

書てみたりけしたり果はけしの花(立花北枝)

芭蕉の門人北枝の句、

書てみたりけしたり果はけしの花】(かいてみたりけしたりはてはけしのはな)

を鑑賞します。

(意訳)書いたり消したり、わが人生はそんなことの繰り返しだった。果てには、けしの花のようにはかなく消えてしまうのだなぁ。

 立花北枝(たちばなほくし、?-1718)は加賀の人。芭蕉が奥の細道の旅で金沢を訪れた際に入門しました。北陸蕉門随一の俳人ともいわれ、蕉門十哲のひとりに数えられることもあります。この句は辞世とされていますが、いったいどういう心境で詠んだのでしょう。「書いてみたりけしたり」というのは、句作や著作のことを言っているのでしょうか。毎日俳句ばかり考えて、あげくの果てに「消しの花」。「消し」を「芥子」に掛けて笑いをとろうとしているのが、逆にさみしく、あわれに感じます。芥子の花というのは、朝咲いてすぐに散ってしまうのだそうで、取り合わせの点でもよくできています。この句を詠む際にも “あーでもない、こーでもない” と何度も書いたり消したりしたことでしょう。 私のようなへっぽこブログ書きも同感です。

6411(府立植物園にて)

 写真はポピー。ケシの一種とのことです。植物園の花壇に、ひときわ目立って咲いていました。現在ケシといえばアヘンを思い浮かべますが、この句に関してはそこまで考える必要はないようです。

【641】

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