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2013年6月 2日 (日曜日)

待てといふに留らぬものと知りながら強ひてぞ惜しき春の別は(読人しらず)

新古今和歌集春歌下より、読人しらずの歌を鑑賞します。

172【待てといふに留らぬものと知りながら強ひてぞ惜しき春の別は

(まてというにとまらぬものとしりながらしいてぞおしきはるのわかれは)

(意訳)「待ってくれ」と言っても、とどまってくれないことはわかっているけれど、それでもやっぱり春との別れは名残惜しい。

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 「寛平御時 后の宮の歌合の歌」と前書きがあり、宇多天皇の時(西暦889年)の作品であることがわかります。新古今集春歌下には惜春の歌がいくつかあり、表題の歌は172番です。今、この歌と比較するために、前後の歌をいくつか挙げてみます。

168【木の下の住処も今は荒れぬべし春し暮れなば誰か訪ひこむ】(大僧正行尊)

(意訳)木の下にあるあの庵も今は荒れ果ててしまったことだろう。春が終わればいったい誰が訪ねて来るだろうか。

169【暮れて行く春のみなとは知らねども霞に落つる宇治の柴舟】(寂蓮法師)

(意訳)暮れて行く春の行きつく港は知らないけれど、今、霞の中に宇治の柴舟が消えていこうとしている。あの霞の彼方に春は行くのだろうか。

173【柴の戸をさすや日影の名残なく春暮れかかる山の端の雲】(宮内卿)

(意訳)柴の戸にさしこむ日光は残ることなく消え、山の端の雲に春は暮れていくのだ。

 これらの歌はいずれも、「住処」、「柴舟」、「柴の戸」「山の端の雲」と、具体的なものにたとえて惜春の思いを表現していますが、172の歌に限っては「春」以外の名詞がひとつも使われていません。そのかわり「待てといふに」「知りながら」「強ひて」という言葉を使い、自己主張の強い歌にしています。新古今集撰者の中で、この歌を選んだのは藤原定家だけのようです。歌の作者はもちろん、選んだ定家自身も情熱家だったことがわかります。

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