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2013年7月20日 (土曜日)

腹あしき隣同士の蚊遣かな(蕪村)

 蕪村の句を勝手に鑑賞してみます。

腹あしき隣同士の蚊遣かな】(はらあしきとなりどうしのかやりかな)

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 おもしろい句です。「腹あしき」と「蚊遣」そして「隣同士」と、三つ巴の取り合わせに笑えます。

 ①、「腹あしき」とは、どういう意味?

 元来『怒りっぽい』『短気である』の意味ですが、ここでは『仲が悪い』に加えて、『腹黒い』『陰険である』の意味を持たせています。だいたい隣り同士は仲が悪いものです。『植木がうちの敷地まで伸びている』、『ぎゃーぎゃーとうるさい』、『変な臭いがする』等、境界線・騒音・異臭が代表的ないさかいのタネでしょうか。顔を合わす機会は多いので、文句があれば直接伝えればいいのに、隣人だけに気を遣ってなかなか言い出せません。すると今度は、ちょっとした口のききかたが気に入らない、挨拶したのに知らん顔された、等の被害妄想的な感情に発展します。不満は鬱積し、陰に籠って増幅します。…と、ここまでが「腹あしき」です。

 ②、「蚊遣」に込められた意図は?

 直接的には、蚊を追いやるために草木(除虫菊など)をいぶすこと。いわば蚊取り線香のことです。作者の言いたいのは、むしろ発生する「煙」に込められています。隣人への「腹あしき」感情は、いよいよ実力行使を伴うまでになりました。とはいえ、あくまでも陰に籠った、陰険な行動です。夏の暑い夜、容赦なくやってくる蚊に対して蚊遣を焚きました。現代でこそノーマットとか微香性「○○の香り」というおしゃれなものですが、蕪村の当時は松の葉などを直接いぶしたのだそうで、相当の煙と臭いを伴いました。『くそっ、煙たいな! 蚊にも腹が立つ! この際、蚊も煙も隣の家に送ってやろう!』 とばかりに、団扇をパタパタとやります。…というのが、この句の「蚊遣」です。蚊遣の煙はまた、隣人との間にかかる暗雲を象徴しています。

 ③、で「隣同士」で句にオチをつけた?

 ハイそうです。句の作者(蕪村)は、両隣の人と懇意にしていました。(あるいは町内or長屋の世話役だった?) 何かの用事があって一軒ずつ訪ねていったら、両家は同じように相手に向かって蚊遣の煙を追いやっていました。もちろん作者は、隣同士の仲が悪いことを知っています。『な~んだ、仲が悪いと思ったら、同じように相手に向かって蚊遣の煙を送ってるじゃないか。笑っちゃうよ。もしかして、意外に気の合う両隣かもしれないねぇ』…というのが、オチです。

 最後に全体を意訳してみます。

夏の夜。日ごろ仲の悪い隣人同士が、お互いに蚊取り線香を焚いて、『蚊は隣へ行け~』 『ついでに煙も隣に吹いて行け~』 などと、団扇で扇ぎながら密かに応酬し合っている景(を作者は見ていた)】

【693】

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