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2013年7月31日 (水曜日)

立ちのぼる煙につけて思ふかないつまた我を人のかく見ん(和泉式部)

 後拾遺和歌集第十(哀傷)より和泉式部の歌です。

「山寺に籠りて侍りけるに、人をとかくするが見え侍りければよめる」

539【立ちのぼる煙につけて思ふかないつまた我を人のかく見ん

(たちのぼるけぶりにつけておもうかないつまたわれをひとのかくみん)

意訳:(山寺にこもっているときに、人を火葬するのが見えたので詠んだ歌)立ちのぼる火葬の煙を見るにつけて思うなぁ。いつまた私のことを人はこのように見るのだろうか。

※とかくする=火葬にする。

ーーーーー

 『自分もこのように、いつか煙となって消えてしまうのだ』 と、他人の死を自分になぞらえたわかりやすい歌です。前書きから推測するに、身近な人が亡くなったのではなく、たまたま野辺送りに遭遇して火葬の様子を眺めている様子です。作者には、いずれ我が身にも訪れるであろう死への恐怖があったのかもしれません。それを第三者的な立場から淡々と詠んでいるところに、この歌のよさがあります。最近、相次いで先輩・知人の訃報に接することがありました。自分の死に思いを馳せるのは自然な感情とはいえ、こういう歌に出合うと、なんともいえない寂しい気持ちになります。

【704】

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