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2013年7月22日 (月曜日)

ながらへばまたこの頃やしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき(藤原清輔)

 新古今集巻十八より藤原清輔(ふじわらのきよすけ)の歌を鑑賞します。

1843【ながらへばまたこの頃やしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき

(ながらえばまたこのごろやしのばれんうしとみしよぞいまはこいしき)

意訳:これからも長生き出来るのならば、今このときを偲ぶこともあるだろう。昔のつらい出来事が、今となっては恋しく思い出されるのだから。

 百人一首の84番に採られているので、いまさら意訳するまでもないですね。作者の経歴、作歌の背景などは解説書にゆずるとして、ここでは、歌の調べに注目してみます。この歌、前半では「また」が、後半では「憂し」「見し」「恋し」の三つの「シ」が、流れるようなリズムをもたらしていることに気づきます。新古今集には、同じ清輔の作品で次の歌もあります。

830【世の中は見しも聞きしもはかなくてむなしき空の煙なりけり

(よのなかはみしもききしもはかなくてむなしきそらのけぶりなりけり)

意訳:世の中というのは、見たこと(人)も聞いたこと(人)もすべてはかないもので、結局はむなしく野辺送りの煙となって消えてしまうのだ。

 いかがでしょう。上の歌同様、「見し」「聞きし」「むなし」の「シ」音が調べをよくしていることがわかると思います。 『こういう歌に感動するようではオレも老けたな』 と思われる方も多いでしょう。でも、それは決して年をとったからではなく、歌詠みのテクニックによるのです。現にこれらの歌は、若い方にもファンが多いです。

ーーーーー

 藤原清輔という人は、父親と不仲でなかなか昇進しなかったり、勅撰集を撰んでも、勅を与えた二条院が崩御して果たせなかったり、どちらかといえば不遇な人生でした。そのせいか人生の無常を詠んだ歌も多く、古来より共感を持って読まれてきました。筆者の好きな歌人の一人です。

【695】

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