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2013年7月15日 (月曜日)

月鉾や児の額の薄粧(曾良)

 芭蕉七部集「猿蓑巻之二」にある曾良の句です。

月鉾や児の額の薄粧】(つきほこやちごのひたいのうすけわい)

 (意訳)祇園祭の山鉾巡行の際、月鉾に乗った稚児の額のあたりの薄化粧がいかにもすがすがしく、印象深く感じられた。 

月鉾=普通、京都の人は「つきほこ」と濁らずに読みます。

薄粧=うすけはひ(現代かなづかいでは「うすけわい」or「うすげわい」)

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 祇園祭を詠んだこの句、普通は山鉾巡行の景と解釈されていますが、はたしてそうでしょうか。曾良(1649-1710)の見た祇園祭は、現在のものとはいささか趣を異にしていた可能性があります。幸田露伴の「評釈猿蓑」(岩波文庫)には、山鉾巡行を説明しながらも次のように書いてありました。

 『…此句は祇園会を詠めるまでなるが、特に月鉾といひ薄粧といへる、そこに味あるべけれど、今明らかに感じ得ず。時代の雲霞の隔り、風俗を詠じたるものはわけて後人の眼に映じて鮮鋭なる能はず。』

 (意訳)…この句は祇園会を詠んだもので、特に「月鉾」と言い「薄粧」と言うところに味わいがあるのだろうけれど、今となっては明らかに感じ取ることはできない。雲や霞の中を探るような時代の隔たりがあって、(当時の)風俗を詠んだ句については特に、後の人の目には鮮やかに映らない(から理解しがたい)

 まったくおっしゃるとおりです。たとえば、現在の祇園祭では生身の稚児の乗る鉾は「長刀鉾」だけで、他の鉾には人形が乗せられていますが、かつてはほとんどの鉾に稚児が乗っていました。千年の歴史を誇る祇園祭は、時代の情勢&要請によって、さまざまな変遷を遂げてきました。私自身は巡行を詠んだものとするにはいささか疑問を感じます。というのは、一句の構成として月鉾に眼目があり、日中に行われる巡行の場面では、どうも「」が生きてこないと思うのです。むしろ明日の巡行を控えた宵山の景として、月光に照らされた妖艶たる稚児の姿を想像します。

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勝手に鑑賞「古今の詩歌」」カテゴリの記事

コメント

返歌 祇園祭…に因んで短歌一首です、

祇園会の人競り合ひて祈 (ね) ぐことは大雨により皆がら流る

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