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2013年9月27日 (金曜日)

みさぶらひ御傘と申せ宮城野の木の下露は雨にまされり(よみ人知らず)

古今集巻二十、東歌にある歌(1091)です。

みさぶらひみかさと申せ宮城野の木の下露は雨にまされり

(みさぶらいみかさともうせみやぎののこのしたつゆはあめにまされり)

(意訳)お付きの人よ、(ご主人に)「御笠をどうぞ」と申し上げてください。この宮城野の木の下に落ちる露は雨以上に濡れますから。

※みさぶらひ(御侍)、みかさ(御笠)、「御」は美称。

ーーーーー

 「みさぶらひ」「みかさ」「みやぎの」と、『み』音を三つ連ねてリズムを整え、とても印象深い作品になっています。記憶に残る歌であるためには、リズミカルであることが必須の条件です。同じ古今集所収でよく知られる 『さかたのかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ』、『ま来むとひしばかりに長月の有明の月を待ちいでつるかな』 は二句目まで同音を連ねて語呂をよくしていますが、この歌のように三句目まで連ねて詠まれているものは珍しく、まさに流れるような日本語とはこのことです。一度聞いただけで、すぐに覚えてしまいます。

 ただし、古今集のほぼ巻末にあるこの歌、いささか歌意が唐突で、何を言いたいのかよくわかりません。平安時代の京の人々にとっては、「木の下露は雨にまされり」という宮城野とはどういうところなのか、ただただ想像するばかりだったでしょう。現代を生きる私でさえそうなのですから…、というわけで先日の東北旅行の際、宮城野を訪ねてみました。

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 宮城野とは、今の仙台市東方の野原とされています。いったいどんな原野が広がっているのかと思いきや、一帯は野球場・陸上競技場など、総合運動公園として整備されていました。

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 木の下露どころか、樹間からは青空が広がっています。これぞ千年の時の流れの結果でしょうか。さわやかな雰囲気がかえって残念でした。

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勝手に鑑賞「古今の詩歌」」カテゴリの記事

コメント

芭蕉の「奥の細道」の宮城野の章に「みさぶらひみかさ」とあって、全く意味が分からず、インターネットでこのブログにあたりました。
あやめふく5月に、ここで芭蕉は風流人画工加右衛門に会い、宮城野などを散策、餞別に紺の染緒の草鞋をもらい、
あやめ草足に結ばん草鞋の緒
という、なんとも洒落た句を読んでいますが、このブログで一層味わいが増しました。有難うございました。

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