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2013年9月 7日 (土曜日)

秋風におくれて吹や秋の風(蕪村)

 蕪村の句です。

秋風におくれて吹や秋の風】(あきかぜにおくれてふくやあきのかぜ)

(意訳)はじめに秋風が吹く。遅れて吹くのが秋の風だ。

ーーーーー

 え? どういうこと? 秋風に遅れて秋の風が吹くって、「秋風」と「秋の風」は違うのでしょうか? 私は、てっきり同じものだと思っていました。

 解説書によると、なんでも「春の雨」と「春雨」は違うらしく、「春の雨」は一、二月の季語、「春雨」は三月なのだそうです。ということは、風の強弱の違いでしょうか? それとも風向きの違い? あるいは「秋風」が七月、「秋の風」が八、九月になるのか?  じゃぁ「秋雨」と「秋の雨は」? 「秋空」と「秋の空」もあるよ? となって、どこまでも「?」マークが消えません(笑)

 ひとつわかるのは、語呂の善し悪しです。ひらがなで「あきかぜ」は4文字で、「あきのかぜ」は5文字です。たとえば、発想を逆転させて、

秋の風にさきがけ吹くや秋風

としても十七文字です。ただ、これではリズムに落ち着きがなくなります。つまりは、一句の中のどこに置くかによって、「秋風」と「秋の風」を使い分けると考えるのが自然です。

 結局、何を言いたいのかよくわかりません。実景というより、観念の問題かもしれません。この句、言葉はわかりやすいけど意味はとても難解です。

【742】

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