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2013年9月15日 (日曜日)

市人のよべ問かはす野分かな(蕪村)

 蕪村の句です。

市人のよべ問かはす野分かな】(いちびとのよべといかわすのわきかな)

(意訳)野分の去った翌日、町の人々が被害の様子などを言い交わしている。

※市人=町の人々。

※よべ=夕べ。

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 台風一過でしょうか。昨夜からの暴風もようやくおさまり、まわりの状況を確かめるため、恐る恐る家を出てみました。一晩中、それはそれは強い風でした。家屋の損壊など、被害があるようです。「夕べの風はどうだった。うちは植木が倒れた」 「とにかく風が強くておそろしかった」 「だれだれさんの家は屋根が飛ばされた」 など、近所の者同士会話が生まれます。災害時に人々の連帯感が深まるのは、震災等でわれわれも経験しているところです。この句からは、蕪村の時代の人々の絆を感じます。

 ところで現代人が「野分」と聞くと、広野を渡る風で、どこか風流なものを想像します。実は古来より暴風の意味で、災害と表裏一体です。そういえば強風を表す言葉のなんと多いことでしょう。「野分」「突風」「疾風」「つむじ風」「颪(おろし)」…、昨今は「竜巻」などという現象も普通に起きます。あらためてこの国の多様な自然を思います。

【750】  

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