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2013年10月 3日 (木曜日)

世の中を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし(沙弥満誓)

 万葉集351、沙弥満誓の歌です。

世の中を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし

(よのなかをなににたとえんあさびらきこぎいにしふねのあとなきごとし)

(意訳)この世の中を、いったい何に譬えようか。朝、港を漕ぎ出して行った、船の波の跡が残っていないようなものだ。

ーーーーー

 『舟の航跡はすぐに消える。世の中の出来事も同じようなもので、何一つとどまるものはない。すべてはかない夢に過ぎない』というのです。ポイントは「朝開き」です。朝開きとは、朝の船出を意味する語なのだそうです。まだ薄暗いとはいえ、朝は一日の始まり。少しはさわやかで意欲的な雰囲気を感じてしかるべきです。なのに作者は端(はな)からあきらめています。それくらい世の中に失望しているのでしょうか。沙弥(仏門修行中)の身の上だからでしょうか。人生のすべてを否定しているような気がして悲しくなります。

 この歌、拾遺集には、

 「題知らず」

世の中を何にたとへむ朝ぼらけ漕ぎ行く舟の跡の白浪

(よのなかをなににたとえんあさぼらけこぎゆくふねのあとのしらなみ)

とあります(拾遺集1327)

 「朝開き」が「朝ぼらけ」に、「漕ぎ去にし」が「漕ぎ行く」に、「跡なきごとし」が「跡の白浪」に変化しました。全体のけだるさは一層強くなりましたが、語呂がよくなっているのがわかります。より音楽性が増した感じです。

7681(松島にて)

※勝手な鑑賞であることをお断りしておきます。

【768】

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