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2013年10月20日 (日曜日)

秋の野になまめきたてるをみなえしあなかしかまし花もひととき(遍昭)

古今集1016僧正遍昭の歌です。

秋の野になまめきたてるをみなえしあなかしかまし花もひととき

(あきののになまめきたてるおみなえしあなかしかましはなもひととき)

※をみなえし=女郎花(秋の七草のひとつ)

(意訳)秋の野になまめかしく色気をふりまく女郎花よ。えーい、やかましい! そんなに美しく咲いているのも今ひとときだ。

 この歌、古今集巻十九、雑躰の「俳諧歌」に分類されています。「俳諧」というからには滑稽な歌ということです。いったい何が滑稽なのでしょうか、分解して考えてみました。

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 「秋の野に」→ある日のこと、遍昭が外出した時、野原にオミナエシが咲いていました。その美しさに遍昭は、若い女性たちがキャッキャッと大声をあげて遊んでいる姿を重ね合わせます。

 「なまめきたてる」→華やかな印象を得た遍昭は、擬人化して表現します。「なまめく」には“みずみずしく美しい”“優美”などの訳があてられますが、ここでは“色っぽく”と解釈してもいいのではないでしょうか。出家の身でありながら遍昭には、女性を詠んだ歌が多いです。

 「あなかしかまし」→『えーい、やかましい! お前たち』と言葉をかけます。「かしかまし」は“うるさい”です。

 「花もひととき」→『そんなにきれいで美しいのも今だけだよ。だから、せいぜい今のこの季節を楽しむことだね』 最後はオチになっています。遍昭は怒っているのかと思ったら、実は笑顔でいっぱいだったのです。現代風に拡大解釈するならば、『若い間にいろんなことを楽しんでおきなさい。年をとってからではできないから』という、世の若い女性に向けた教訓の歌ともとれなくはないです。

 というわけでこの歌、オミナエシの美しさを女性に見たてて詠んでいるわけです。ほのぼのとした滑稽味のある歌に仕上がっているのがわかると思います。

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 オミナエシの語源には諸説ありますが、「オミナ」=「女」からきていると思われます。「女郎花」と書くのはそのためで、この歌の成立するゆえんです。また、女郎が遊女を意味するようになるのは、近世になってからのことで、遍昭が生きていた平安時代には単に婦人を意味しました。むしろ親しみをこめて言う言い方です。日光をいっぱい浴びて咲くオミナエシは、たしかに賑やかな女性を彷彿させる美しさがあります。

7851_2(府立植物園にて)

(勝手な鑑賞であることをお断りしておきます)

【785】

 

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