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2013年10月14日 (月曜日)

角文字の筆のはじめや二日月(蕪村)

 次の蕪村の句を、勝手に解釈して鑑賞してみます。

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「沢村訥子が業を其子継るに」

角文字の筆のはじめや二日月】(つのもじのふでのはじめやふつかづき)

 1、前書きにある沢村訥子(さわむらとっし)とは、歌舞伎役者の沢村宗十郎の俳名だそうです。二世沢村宗十郎(1713-1770)が明和七年に亡くなり、翌年、名跡を次男(1753-1801)が継ぎました。この句は、三世襲名直後のおめでたい席で詠まれたもののようです。俳名というくらいですから蕪村とも交流があったのでしょう。あるいは襲名披露に招待されたのでしょうか。京都や大坂でも公演したようです。

 2、「角文字の」→徒然草六十二段の逸話を引いています。後嵯峨天皇の皇女悦子内親王(延政門院)が父に贈ったという、『ふたつ文字、牛の角文字、すぐな文字、ゆがみ文字とぞ、君はおぼゆる』 からきています。4つの文字はそれぞれ『こ』、『い(ひ)』、『し』、『く』 となり、幼少の内親王が父を恋しく思う気持ちをなぞなぞにしたものです。「角文字」は2番目の『』になります。

 3、「筆のはじめや」→今でいう有名人のサインのことだと思います。三世を襲名するにあたって、サインの書き初めという意味ですね。もしかしたら蕪村のほうから所望したのかもしれません。で、この句の眼目は沢村宗十郎の定紋(サイン)が、“丸にの字”であったところにあります。上五に「角文字」を置いたのは、訥子の象徴である『』文字を引き出すためだったのです。

 4、「二日月」→字の通り夕空に二日月が見えていたのか、この日が公演の二日目だったのか、いろんな解釈、想像ができます。襲名直後の三代目が、これから満月を目指して精進してゆくことを望む、という意味もあるでしょう。結句で前途を寿いでいるのはさすが蕪村です。

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 というわけで、この句をもらった三世宗十郎はもちろん、一座の者まで大ウケだったのではないでしょうか。言葉遊び・シャレの一句と言ってしまえばそれまでですが、俳諧を業とする蕪村の面目躍如です。おめでたい場面での挨拶句として、見事にまとまっています。われわれ現代人にまで、解釈する楽しみを与えてくれています。

※参考:蕪村全集第一巻(講談社刊)

【779】

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