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2013年12月18日 (水曜日)

年暮れて人物くれぬ今宵かな(宗鑑)

 山崎宗鑑の句です。

年暮れて人物くれぬ今宵かな】(としくれてひとものくれぬこよいかな)

意訳:これで今年も暮れて行くけど、人はだれも物を呉れない。そんな大みそかの今宵であることよ。

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 山崎宗鑑(生没年不詳)は室町時代末の近江の生まれで、京都山崎に長く住まいしました。俳諧の祖ともいわれる人物ですが、その作品は、「まん丸に出づれど長き春日かな」、「月に柄をさしたらばよき団扇かな」など、難しい俳諧の歴史は抜きにして、単純に笑えるものが多いです。この句もそのひとつで、大みそかの感懐をシャレにしています。年は暮れるが物は呉れない。くれるけどくれない…なにそれ! 「くれる」の意味が違うだろって、ツッコミを入れたくなります(笑)

 そんな言葉遊びの句とはいえ、末尾を「今宵かな」と置いたのには感心します。大みそかといっても、つまるところ一年三百六十五日の一日に過ぎず、やれ年の瀬だ新年だと、何もとりたてて騒ぐほどのこともないのです。実は、この句の眼目は単なるダジャレではなく、さらっと「今宵かな」でおさめたところにあるのかもしれません。宗鑑自身の哀感があらわれています。

【844】

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